2009年05月13日

ユカリ 由香里  序章5

 「ありがとう。ありがとう」と、ぼくはきのう以上に三拝九拝された。当然のなりゆきとして介抱しただけなのに。
  ハンバーグだとかパスタだとか野菜のフレッシュサラダとか、ぼくの日常の食生活からかけはなれたご馳走が食卓に並べられた。
 「ご主人はまだお帰りではないんですか」
  動かしていたナイフとフォークの手を休めて尋いた。
 「いえ……ちょっとごたごたがありまして、離婚の調停をしている最中なんです」
  森山真理は、すこし表情を曇らせた。ぼくの横で、ユカリは無邪気にハンバーグをつついている。「おにいちゃんのとなりでたべたい」というリトルレディーの、たっての要望だった。どうやら好かれてしまったらしい。
 「迎さんはいつからこちらに住んでいらしゃるの」
 「もうすぐ一年半になります。今年の冬まで予備校通いしてましたが、春からは独学でやってます」
  ぼくは柄にもないことをいった。
 「そう…大変ねえ」
  長い髪の毛を後ろでしばっているユカリの保護者は同情してくれた。彼女は脚のついたグラスからビールをひと口飲んだ。
  ぼくはことし春からの禁酒をこの晩、いとも簡単にやぶっていた。彼女はお酌の名人だった。そして、自分の本当の歳を、軽い酔いにまかせてしゃべった。
  「33・・・厄年なのよね」
  ぼくもそのころ三杯ほどビールを平らげていたから、人妻経験者である経験者である彼女の色香とも合わせてちょっぴり酔っていた。そんなところにリトルレディーが割ってはいった。
 「おにいちゃんの頭から白いゆげがでてる!」
  ユカリはジュース入りのコップを手に、ぼくの顔を指差した。ぼくはべつに怒っていたわけじゃない。あとで思うに、それは彼女の“能力”発現第一号だった。オーラが見えたようだ。
 「何いってるの、ユカリ。そんなもの見えないじゃないの」
  続けて、「すいませんね。この子が変なこといって」と、母親がわびる。
 「だって、見えるんだもん」
  ユカリは自分の意見が受け入れられず、残念な様子だった。
 「これからは受験生が減って、大学も入りやすくなるんじゃないかしら」
  ユカリの母親は半可通の知識をひけらかした。悪気はない、と思う。
 「だけど、伝統校や有名校は相変わらずきびしいんですよ」
 「まあ、そうなの。迎さんはどこを狙ってらっしゃるのかしら」
 「恥ずかしながら、M大です」
  ぼくは頭を掻きながら答えた。ユカリの横槍で会話の流れも、雰囲気さえも変わっていた。
 「M大といったら、スポーツ強いわよね。…芸能界でも活躍してる人多いじゃない」
 「でも、ぼくがあこがれてるのは校風なんですよ」
 「こうふう…なあに、それ」
  長い黒髪を二つにわけ、白いリボンでゆわえているユカリが、野菜サラダで口をもぐもぐさせながらいった。脚が床にとどいていないので、それを交互に揺らしている。
 「学校の雰囲気みたいなもんだよ」
  ぼくはユカリの愛らしい顔を見た。
 「ふうん」
  と、彼女は小首をかしげた。 
タグ:ご馳走 校風
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2009年05月12日

ユカリ 由香里  序章4

  その事件は警察沙汰になって、ユカリは母親ともども事情聴取を受けた。買い物から戻り、急を聞きつけた母親の蒼ざめようったらなかった。現場には、そのころ百人をこえる人だかりと、二台のパトカーの赤い回転燈が灯っており、彼女が少女を抱きしめるなり、「あなた、この子の母親ですね」という巡査のひとことから、それが始まった。
  少女は二、三の注意ですんだものの、母親はそうはいかなかったようだ。ひたすら平身低頭していた。その後にはきついお灸が待っていた。
  ぼくは母親の森山真理と、実は一度だけ会ったことがある。
  つい先日引っ越してきたばかりで、その日、呼び鈴で玄関口に出てみると、「これからもよろしくお願いします」と、菓子折をもらった。それがわずか二日前である。若造りで、まだ二十代中盤に見える彼女に、あんな可愛い娘がいるとは気がつかなかった。ちなみに、菓子折の中身はパウンドケーキ8個の詰め合わせで、貧乏浪人生にはありがたい施しだった。
  それ以上にありがたいことが、その事件のあった翌日晩に訪れた。森山家の夕食に招かれたのだ。
タグ:警察沙汰
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2009年05月10日

ユカリ 由香里  序章3

  エレベーターはある。旧式で、内側の扉には金網の入ったガラス窓がついていた。それを降り、5階の屋外に面した渡り廊下を歩いていった突き当りが自分の部屋だけれど、まだぼくは『ガーデンテラス町田・B棟』の真下にいた。愛車のマウンテンバイクを手で押しながら・・・。
  西の空に傾いている真夏の太陽は、「明日も晴天だよ」と言わんばかりの朱色っぽい輝きを放っていた。
  猛烈に暑いのを除いては、今日も何事もなく、ぼくは右手に屋根付き駐輪場と植え込みとを見て、帰宅の最終アプローチに入るはずだった。
  突発事故は、いつ何時やって来るかわからない。まさにそれは頭上から降ってわいた。
  ぼん、と鈍い音がしたかと思うと、次に丸く刈り込まれた植え込みに大の字になったものがあった。それは人間の、少女だった。ぼくは愛車をほっぽり出した。
  彼女は猛烈な勢いで泣いた。第一発見者のぼくは少女を植え込みの間からひっこぬいて、白い半袖Tシャツと緋色のスカートにまとわりついていた小さな葉の断片などをはらいおとしてやった。背丈はぼくの半分ほど、年齢は5,6歳といったところだ。
  少女は泣きやむまで4〜5分はかかったろう。その間に近所の奥さんとか、通りすがりの男女がやじ馬同然に集合してきて、15人ほどの騒ぎになり、しきりに上空を見上げるなりしていた、と思う。
  少女の名は森山ユカリ。507号室に住んでいるという。なんと、ぼくの部屋のとなりじゃないか。
 「お母さんはどうしたの」
  第一発見者ということを鼻にかけて、ぼくはありきたりのことを尋(き)いた。
 「お買い物に行っちゃった…」
  ユカリは声をしゃくりあげながら、『ミミちゃん』がいない、と周囲をきょろきょろ見回した。やじ馬のひとりだった中年婦人が“それ”を目ざとく見つけた。駐輪場の真下にぽつんところがっていたウサギのぬいぐるみの胴体だった。
  少女は頭なしのミミちゃんを渡されると、それをありったけの力で抱きしめた。
  ユカリは肘と膝をちょっとすりむいただけで、もちろん命に別状があるわけでなかった。彼女がごく軽いけがですんだのが奇蹟なら、その後に起きたことはどう説明したらいいんだろう。
タグ:事件発生
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ユカリ 由香里  序章2

  時計が午後の4時半を回って、ぼくは自習を切りあげた。
  コンビニで買い物をして交番と郵便局の前を抜け、四つ角を三つばかり折れて、七階建てのマンションへ、なまぬるい風といっしょに戻っていく。
 “マンション”といっても築後20年は経過していて、押し売りや新聞勧誘のおっさんを水際で食い止める、玄関先のオートロックシステムがあるわけではない。管理人室はあるが、午後の5時にはカーテンがかかってしまうし、そこに禿げ頭のおじさんはいないことが多かった。まるでお役所だ。  
タグ:事件
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2009年05月09日

ユカリ 由香里  序章1

  外の世界は、まるで焼けこげたフライパンも同じだ。街全体が巨大な陽炎につつまれたように波打っている。
  ぼくの名は迎耕一郎(むかえ・こういちろう)。大学浪人二年目だ。
  今年冬まで予備校通いをしていたが、読経がうまい坊さんのような講師が多かったから、授業中はうつらうつら。いつだったか、本格的に居眠りしていたら、「やる気のないものは出て行け」と、坊さんのひとりから一喝されたっけ。
  そんな不真面目がたたってか、第一志望のM大にはあと一歩のところで不合格。滑り止めに受けたいくつかの学校のうち、二校には合格はしたが、入学は辞退した。とどのつまり、理想が高いのだろうか。
  そんなわけで今年は宅浪している。北海道にいる両親のもとを離れ、はや一年半。東京は町田市にあるマンションに独り暮らしの身分だ。
  札幌近郊の町で土建屋をやっている親父は、今年、「やっと受かったってのに、どうして手続きしなかった!]と、ぼくをどやしつけた。その言葉の裏側には、「いずれ家業を継がせたい」という肚が見えかくれしていた。どんな大学に行くにせよ、さっさと入学して、無難に四年間で卒業せい、というのが意見だ。
  会社の副社長兼経理部長が、ぼくのおふくろだ。そして嘆く、「そこまでして、どうしてM大にこだわるの?」。 でも、ぼくの信念は曲げられない。
  200X年夏・・・
  北海道出身の身には、今年の太陽の季節は暴君にもひとしい。世間には「不景気風」が吹いていたけれど、そんな風にはこの暑気をふっとばす力がない。おまけに、大学生の就職戦線は「氷河期」だそうだけれども、氷河なんてどこを見回してもなかった。どうにかしてくれよ、この暑さ。
  ぼくは自宅近くの図書館に、マウンテンバイクで毎日のように通い、クーラーの力を借りて受験勉強していた。ぼくの部屋には扇風機しかなく、その羽根を回しても、熱風しか吹きつけてこなかったからだ。
タグ:浪人生
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2009年05月07日

感染 バクハツ!?

  99.99%新型インフルエンザではないと言い切れるのですが、カゼひいてます。
  昨日が一番のピークだったようで、腹に来ました。
  時々、ピシッと痛みが走るんです。下しました。
  だから、昨日はPCに一回も触れてません。
  現在、未公開の新作ノベルを準備中です。「ユカリ、由香里」を。
  とにかく、今のカゼは自分の抵抗力中心で叩いていこうと思います。
  皆さんもカゼなんかには負けないでくださいね。

   by  はむじの書斎
タグ:本当の日記
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2009年05月05日

アディクション エピローグ2〜大団円

 「…待てよ、美恵子?」
 「思い当たるところがあるようじゃな」
 「まさかな、美恵ちゃんは六年ぐらい前にたしか、行方不明に…」
 「その美恵ちゃんは、こうして生き直してあなたと話しています」
  俺は凝然として “リナ” を見つめた。美恵子とは母方の兄弟の、つまり従姉妹だ。北見市に永く住んでいたが十年近く前に会って以来、とんと御無沙汰だ。行方不明になってからは年賀状のやりとりもしていない。顔はリナとは似ていない。悪く言えば彼女は「ブス」の部類に入る。
 「俺を憶えているか」と質したところ、リナは首を二回横に振った。
 「生き直すと、記憶の大半は失われる。じゃが、中毒症状や病気は消し去ることができる。儀式・リバースキャンドルはすぐにでもできる。どうじゃ?」
  目前の黒猫は、よどみのない日本語で言葉をつむいだ。
 「俺は…僕は、ギャンブル依存という病気にかかってしまった。これがどれだけ家計に打撃をあたえて、
人間関係をぎくしゃくさせたか計り知れない。できるなら生き直したいけれど、いくつぐらいに生まれ変わるのか不安だし、生計も立てられなくなると思うと怖いです」
 「そうか。しかし、最善の治療法はリバースキャンドル以外にはない。それにおぬしは、もう魔法にかかっている。リナと初めて逢った時のことを思い出せ」
 「…私と握手した時の記憶があるでしょう」
 「・・・まさか、あれ?!」
 「そう、おぬしはもう生まれ変われつつある。もうひと押しで完全に脱皮できる。そちの親兄弟にはもう了解もとりつけた。これでもまだやらぬのか」
  黒猫は首をもたげた。
 「わかりました。でも、いくつぐらいに?」
 「それは、主上様のお決めになること。微妙な匙加減で決まるのよ。やるか?」
 「…ええ」
 「よう言うた。では始めるぞよ。リナ、用意を」
  目前には紅くて大きな蝋燭の炎がゆらめいているが、リナはタンスから全体が白い小さめの蝋燭を出してきて、黒猫の母の前の燭台に挿した。黒猫は二本の蝋燭をはさんで正面の卓上に腰をかけている。
 「要領はカンタン。あなたの側の紅い蝋燭の炎を全力の息で消すのよ。そしたらおかあさまの白いほうに飛び火する。それだけ」
 気がつかなかったが、外界はさぞやまだ台風くずれの嵐が吹きまくっているのだろうが、そよという音さえしない。もう別世界に連れていかれたのだろうか。二本の蝋燭のうちの一本の紅いほうの炎は一層大きくなり、輝きを増したかのように感じられた。
 「今だ! さあ」
 黒猫の眼がかがやいた。

 俺は深い眠りから醒めた。
 アパートの二階の部屋で。まだしょぼつく眼で両腕を見た。短くなっている。両脚も同じでパジャマの四肢の部分がだぶついていた。
 「誰なんだ、オレは」
 いくら考えても答えが出そうにない。
 コンコン
 玄関のほうでノックの音がする。
 「だれー?」
 大声を出したが、変声期前のトーンだった。
 扉が開かれてそこに現れたのは見知らぬ少女、実はもと岡本美恵子だった。
 「いやー、若返ったねー。私と同年齢ぐらいに見えるよ」
 ずけずけとベッド際まで駆け寄ってきた少女が驚きの混じった眼差しで感想を言った。
 新しい人生はこれからだ。

 
 アディクション  大団円
 ここまで根気強く読んでくださった皆さんに 感謝します  ありがとう
 まもなく 「ユカリ、由香里」の新連載がはじまります。  
posted by はむじの書斎 at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

アディクション エピローグ1

  中は漆黒の闇であった。最初は眼が馴れずにとまどった。
 「じゃあ、これを」と、リナは一本の棒状のものをこちらに握らせた。
 「まっすぐ上を向いてつかんでいてね」
  リナの手にはライターでもあったのだろうか。すぐに火がついた。渡されたのは大きめの紅い蝋燭だった。
  翳がタンスらしき家具の上から降ってわいた。灯火に照らされ、それは一匹の黒猫だということがわかった。それは四人掛けの椅子のあるテーブル上にひょい、と飛びうつった。
 「紹介するわ。おかあさまよ」
  すこしも冗談めかしていない語気で、リナは目線をまず黒猫へ、それからこちらを向いた。
 「とまどっているな? え?」
  当りである。自分の部屋の真下がリナの本拠地だったのと相まって、猫がしゃべるとは。
 「まあ、とまどうのも無理からぬ話。われも人間から猫の体にされて、かなりとまどった」
 「ここが、世界魔女協会日本支部?」
 「その通り、われが支部長。副部長はそちのとなりにおる。もうわかっているとは思うが」
 眼がようやく馴れてくると、壁には曼荼羅らしき模様があり、数ヶ所にドライフラワーが飾られていた。調度品は椅子とテーブル、そしてタンスぐらいなものだ。
 「もうよかろう、リナ、説明を」
  黒猫は右の手で自分の貌をぬぐった。
 「まあ、ここに掛けて」
  リナは椅子のひとつをすすめた。俺はおずおずゆっくりと席についた。
 「まず、お金を寄付してくれてどうもありがとうと言っておくわ。障害者の施設は予算が少ないし、大切な浄財として役立たせていただくわね。一割はこちらの活動資金になるのだけど」
 「そう、だったのか…」
  俺は半ば力なく応じた。
 「どう? ギャンブルはもうやめられる? 庶民のフトコロからむしり取る阿漕な店相手の、つまらない投資は」
 「君は一度俺にギャンブルをさせて、もう一度は自発的にやってしまった。勝ちはしたけれど、どこか空しかったよ。いまはもう元の暮らしだ」
 「ギャンブルなんて収支は良くてトントン、あとは借金道まっしぐらになるだけだものね」
 俺の握っていた蝋燭はすでにテーブル上の燭台にあり、そのわずかにゆらめく炎が二人と一匹の半身と全身を浮き立たせていた。
 「どうじゃ、これからの一生を大切に生きようとは思わんか? ギャンブルなしのまっとうな人生を。それすなわち“生き直し”よ。このリナもじつは買い物中毒じゃった。もとの名前を言うてみいな」
 「“美恵子”ですわ」 




















 
 


タグ:別世界
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2009年05月03日

アディクション 第4章  大荒れ2

  雨風はいっこうに止む気配がなく、なお一層窓ガラスを打っている。風圧で、ぼろアパート全体がぷるぷる震える。きのうの天気予報によれば「台風くずれ」なのだという。
  タバコが切れた。いつも買う店は歩きで7,8分のところにあるコンビニだ。ブルゾンを羽織り、飛ばされるか不安だが傘を持って玄関を出た。
  傘はいっこうに役に立たなかった。圧力で体でさえも持っていかれそうだった。しかし、店は開いていた。瞬間で秒速30メートルはありそうな風雨なのにもかかわらず。いつもは外の自動販売機で買うのが、今日はカウンターで買った。濡れるのが厭だったから。
  店を出て自宅へと戻るには多少の勇気が必要だった。
  案の定、風雨にもみくちゃにされ、呼吸さえも苦しい帰路が終わろうとしていた。そこに俺は見たのだ、あの“リナ”を。
  こっちが気づくのが早いか遅いか、向こうから声がかかった。「めったにない天気よね」と。
  場所は自宅アパートの二階へつづく階段直下。
  なんとリナは俺の真下の部屋から出てきたのだった。服装は上下黒ずくめであり、修道女のようにも見え、頭巾もまた黒かった。
 「どう? これから私の家に来ない?」
 「どう、って」
 「もうっ、もじもじしちゃってしょうがない人ね。来るの? 来ないの?」
 こちらは折れ曲がってしまった傘を小脇にはさみ、呼吸もやっとの状態でリナに対していた。
 「そこが、君の家だったのか? 今の今まで気がつかなかった。わかった、お邪魔しよう。ハア…」
 「じゃあ決まりね。どうぞ」
  妖少女は俺のブルゾンの右袖をつまみ、急かされるようにアパート一階の出入り口に招じ入れられた。
posted by はむじの書斎 at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月02日

アディクション 第4章  世直し

  自分のことを棚にあげると、日本の世の中も“治療”が必要なのかもしれない。
  児童虐待・育児放棄、売買春、麻薬常習、オヤジ狩り、ホームレスへの暴力・殺人、いじめ……。
  毎日のようにテレビ・新聞紙上をにぎわす殺伐たるニュース。持てる者と持たざる者の格差の拡がる社会。
  ある少女たちの集団は、資産家から大金を巻きあげておいて、千円札はおカネではないと燃やしたりしたという。
  犯罪の検挙率が三割程度に落ちてしまったのは、家庭の枠を一歩踏み出した「地域」の力が衰えたからではないか。
  ひとむかし前は、「子供は地域が育てる」というしきたりがあった。性質はどんなものであれ、子供の周囲には「お兄さん・お姉さん」 「おじさん・おばさん」 「おじいさん・おばあさん」がいた。
  血のつながりを超越したコミュニティー力で、子供が悪いことをすれば親身になって叱ってくれるご近所さんたちがいた。
  ところが昨今では、子は親とべったりであり、親は子をさして叱りもせずに甘やかして育てるものであり、その結果、子は忍耐力のない大人に成長していくのだ。
  忍耐力のなさは何も人間同士の傷つきだけに現れるものではない。「借金をして払えなくなったら自己破産して免責になっちゃえばいいじゃん」という安直な態度につながっていないだろうか。
  物欲・金欲のうずまく現代では、ストイックさを維持しないと、出費がとめどなくなる。収入が少なければ少ないほど自制心が要求される。若くして“富豪”は、あまりいないだろう。年功序列はくずれかけてはいるが、一般的に歳をとるごとに物理的財産も増えていくのだとしたら、若さとは忍耐力を身につける時期なのだともいえる。
  それとどうだろう、 “恥”の意識も減退していないだろうか。借金の債務整理、自己破産手続きの免責は、首が回らなくなった果ての、奥の手だ。借金は犯罪ではないが、まともに返せなくなって、俺は罪の意識も多少は感じた。金銭感覚を正常でなくさせる融資の体制も問題だが、もともとはそこからカネを借りる人間の本質が問われているのだ。
タグ:社会問題
posted by はむじの書斎 at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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