2009年06月09日

ユカリ 由香里 第5章  デート 

  喫茶パッションの席についたのは、約束の6時より20分も早かった。
  水入りのグラスに何度も口をつけているうち、氷だけになった。それを手でからからとやっていると、ウェイトレスが水を注ぎ足しにやってきた。彼女もやってきた。6時から3分ほどすぎている。
  ベージュのスーツ姿。短めの髪に、やや切れ長の目。遠田美智子はちょっと息を弾ませていた。
 「ごめんなさい。すこし遅れちゃって。でも残りの今日の仕事は後輩にまかせちゃったわ」
  わずか数分の遅れなのに、すまないと思っているのだ。
 「ぼくはアイスコーヒー。遠田さんは?」
 「私もそれで」
 「アイスコーヒー二つですね」
 ウェイトレスは感情のない人形のような顔で、そそくさとペンを走らせ、卓上の、短い透明な筒に紙片をまるめこんだ。
 「話は青池さんから聞いたよ」
 「杏子、何て…?」
  二人の会話が始まった。
 ユカリのこと、親友の死、文学部めざして宅浪していること、住んでいる町田のこと、ぼくはいろいろと話した。
 遠田さんは高校を卒業後、『北光信用金庫』 に勤めていた。高校時代はバレー部のセッターであり、2年生からレギュラーだった。信金では窓口係をやっていて、「その日の集計で1円でも狂いが出ると帰れなくなる」と、彼女は言う。
 きのうぼくは夜の9時すぎに電話したのだが、「家に帰ったばかり」だとのこと。
 彼女は高校時代からすると、垢抜けていた。
 おとといのクラス会でも印象の変わった女の子が多かったように、彼女も大人びていたし、きれいになっていた。
 「きょう、会社に杏子から電話かかってきてね。二次会で一曲歌ったんだって?」
 「うん、誰も聞いてなかったようだけど」
 ぼくが頭を掻くと、彼女はぷっと吹き出した。
 啓にぶちあげたようなカタい話は、ここには似合わなかった。大事なのは、「これから二人はどうしたい」ということだった。
 「浪人中だし、近々あっちに戻らないと」
 言いたくはなかった。しかし言わないわけにはいかなかった。
 「そうなのよねえ」
 と、彼女は両手でこぶしを作って、頬杖をついた。
タグ:トキメキ
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2009年06月07日

ユカリ 由香里 第4章  郷里で4

  翌日、ぼくは昼近くに起き出してきて、逆立った髪の毛を手で直しながら歯をみがいた。二日酔いである。
  朝昼兼用の飯を食い、昨晩青池さんからもらったメモ用紙に目を通した。遠山美智子・・・090−〇・・・-・・・・。
  ためらいがある。勉強も亡き親友のこともおっぽり出して、電話することに…。
  その日はぼけらっとした頭のままで暮れていった。夕食をすませて、ぼくは決心した。
  呼び出し音が6回ほど続いて「彼女」が出た。
 「あのう、迎っていいます。遠山美智子さんですか」
 「はい、そうです」
 「あ、あの、きのうは満足に話もできなかったね」
  その文句は事前に考えていたものと大幅に違っていた。
 「私も話ができなくって…」
 「話、しないか? いつがいい?」
 「いつでもいい」
 啓に申しわけないが、ぼくは『やった』と、心のなかで快哉を叫んでいた。
 「急だけど、明日、どうだい」
 「明日・・・いいわ」
 彼女は照れくさそうに言い、ぼくは、
 「じゃ、明日の午後6時に、駅前の喫茶パッションで」と、それ以上に照れながら告げた。
タグ:高鳴る想い
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2009年06月06日

ユカリ 由香里 第4章  郷里で3

 「なあ、耕、二次会行こうや。ひさしぶりに会ったんだからよ」
 相変わらず誘うのがうまい。
 「どうすっかなあ」
 ぼくは、思わせぶりにとぼけた。
 結局、カラオケ付きのスナックみたいなところに行った。
 二十数名の大所帯が、ボックス席を占領してわいわいやる。ぼくはその末席でうすい水割りをちびちびやっていた。遠田さんは一次会だけで切りあげており、そこにはいない。気がつくと、隣に青池さんがいた。彼女は遠田さんと仲がいい。
 話題は急遽、ぼくのマドンナのことになった。
 「美智子ね、失恋したばっかりなの」
 何が言いたいんだろう。
 「私ね、知ってるのよ。迎君が美智子に気があったことぐらい…」
 「そうなの?」
 ぼくは女言葉で答えた。
 「美智子は、ほんとは迎君のこと、好きだったんだって」
 彼女はタバコを円い灰皿でもみ消した。
 ふつうだったら、両手を挙げてバンザイしていただろう。
 「…浪人中だし、友達にも不幸があった。だから時期が悪いよ。つきあうんだって、こっちから東京だって、距離が離れすぎてるし…」
 「迎君は美智子のこと嫌いなの?」
 「…いや」
 「だったらいいじゃない。男のくせに、何もじもじしてるの。一回ぐらい会ってあげてもいいでしょ」
 「迎、歌え!」
 正面にどっかりと腰を下ろしていた塚越から声がかかった。
 「いいって、いいって」
 ぼくは両の手のひらをかざし、「ダメ」のポーズをした。
 「むかえ、むかえ!」
 事もあろうに、奴はぼくの苗字を連呼しはじめた。周りの男どももハモる。
 ぼくはしぶしぶ、手渡されたリモコンから曲を発信した。
 「おっ、迎君。オハコは何かな」
 ぼくは宴席の端のステージに立ち、チャゲ&アスカの『天気予報の恋人』を歌った。ボックス席のみんなは歌よりも会話に夢中で、最後に拍手されただけだった。何やってんだか、喪中の男が。
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2009年06月05日

ユカリ 由香里 第4章  郷里で2

  クラス会当日。ぼくは夕方の5時半ころ家を出た。
 『迎土木建設工業』の看板が西日に映える、三階建ての社屋を横目に、雑種の愛犬『ウォン』の頭をひとなでする。命名の由来は「ウォン」と吠えるからである。
  会場の『大将亭』の座敷には、すでにおおぜいの“元”級友たちがひしめいていた。スーツ姿あり、ラフな着こなしあり、女の子たちはみな着飾っていた。ぼくはというと、青色のポロシャツに白っぽい麻のジャケット、腰から下は薄茶色のコットンパンツである。
 「おう、迎、どうしてた」 「おっす」などとあいさつして、ぼくは卓球部の同期でもあった野村の横の席についた。
  上座には二、三年生の担任だった土方先生。先生の手短なあいさつのあと、乾杯。宴会が始まった。
  宴がすすむにつれ、みんなの口も滑りがよくなってきた。「やせたな」 「ちょっとやつれたんじゃない」などと、なつかしい赤ら顔たちから声をかけられた。
  遠田さんは、ぼくのところからは対角線上のわりと離れたところで、女の子どうしで話に花を咲かせていた。
 「親友が死んだ」というショックから完治していないのと、「まだ浪人中」の後ろめたさで、ぼくは定位置のままで地味にやっていた。周りは、あっちに行ったり、こっちへ来たりして大盛況である。
 「宴もたけなわですが、ここいらで一次会をお開きにしたいと思います。それでは先生、乾杯の音頭を」
  場を仕切るのがうまい、幹事の塚越が、残りすくなくなった髪の毛の土方先生にバトンを渡した。
  宴は先生の乾杯の音頭と、全員が起立しての三本締めで終わった。
  ぼくは遠田さんと親密に話をしたわけでもなく、「義理は果たした」という気持ちで席を立ち、帰ろうとした。腕をつかまれた。すっかりいい気分になっている野村だった。
タグ:クラス会
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2009年06月04日

ユカリ 由香里 第4章  郷里で1 

  札幌で法事に出席した日もふくめ、五日間ほどは食事も満足にのどを通らなかった。ぬけがらのような日々を親許で送るなかで、啓を失った、あの日のことが浮かんでは消えていった。
 「ああしていればよかったのに…」
  その思いは星の数だった。たとえば、あの爆発の直前、ゴムタイヤが焼けこげるような臭いがたしかにあった。それが爆発の危険があるとわかっていれば…などと。
  啓とすごした四日間、ぼくはぼくなりに最善をつくした。しかしあの日、ユカリが彼にあんなことを宣告しなければ、あの最悪の事態は避けられたのではないか。とも。
  だからぼくは現地での事情聴取と葬儀のあと、森山家にあいさつもせず、逃げるように帰郷したのだ。
  自分を責める気持ちとユカリに対する恨み、いや、運命に逆らえなかったふがいのなさに、どうにかなりそうだった。両親はそんなぼくを見て、「はれもの」を扱うような対応だった。  
  勉強するわけでなし、虚ろな日々を送っていたところに、高校の元同級生から電話がかかってきた。塚越という、わりと親しかった奴だ。
 「来週の30日、同窓会をやるんだけれど、来るか」
 ぼくはまず、身の上話をした。
 「…そうかあ。たいへんだったな、それは。でも、いつまでもお前が沈んでたって、その死んだ友達が浮かばれるってわけでもないだろう」
 彼のそのひとことは、闇に一条の光を見た思いだった。
 「それに、遠田さんも出るっていってたよ」
 遠田さんは、高校時代のマドンナだった女の子だ。彼女には思いを告白できずに卒業してしまったが、親しい友達、二、三人には彼女のことを打ち明けていた。いま、何をやっているのだろう。
 「気分転換に出てみるのもいいな」
 と、ぼくは意思表示して、受話器を置いた。
 その日の晩は久しぶりに食欲が回復して、ぼくはもりもりとおふくろの手料理をかたずけていった。いつもは現場の残業などで帰りの遅い親父も、今日はなぜか早めに帰宅して、「一家団欒水入らず」の晩餐になっている。
 「おっ、今日は元気だな。あまりくよくよしても始まらんしな」
 親父をイメージするに、一番近い有名人は田中角栄である。『迎土木建設工業』の社長はきっぷがいいが、怒らせるとすさまじい。
 「あまり無理しなくたっていいのよ。勉強も中断してるようだし」
 おふくろに近いイメージをもっている人は? と尋かれてもなかなかむずかしい。あえて言うなら、京塚昌子あたりか。ちょっと古いかな。
 「ほんと、いろいろなことがあったよ」
 ぼくは話をはぐらかそうとした。
 「無理せんでええぞ。大学なんぞ行ったって、アタマでっかちになるだけだからの。いつでも帰ってきたらええ」
 海べりの町出身の“浜言葉”丸出しだ。
 「受験は? 勉強はどうするんだい」
 「クラス会が終わったら、あっちへ戻る」
 「向うはまだまだ暑いんでしょうに。こっちで勉強したら?」
 「参考書も問題集も、全部あっちなんだ。今さら買いそろえるわけにもいかないだろ」
 その席では親父だけがうまそうにビールを飲んでいる。
 「ま、何はともあれだ。浪人の身分もそう永くやっておれんだろう。来年の春まで結果が出せなければ、そのあとは家の仕事をおぼえてもらうからな。そのつもりでおれ」
 今までの言い方とはちょっとちがう、高らかな、そしてきっぱりとした宣言だった。そんなに継いでほしいのか。
 ぼくは少々あせりを感じた。
タグ:マドンナ
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2009年06月02日

ユカリ 由香里 第4章  帰郷

  啓は川崎市の火葬場で荼毘に付された。ぼくは一張羅の、板についていないダークスーツ姿でそれを見守り、急報で駈けつけてきた彼の両親らとともに悲しみに沈んだ。
  初七日の法要は北海道でやるという。
  それは真夏の夢であってほしかった。決してあってはならないことだった。信じられないことでもあった。ユカリの予言が的中したこともふくめて。
 「ごめんなさい」、「すいません」。
  彼の両親や親戚に、何度頭を下げたことだろう。何度謝っても、何度悔いても悔いたりなかった。もちろん、「ユカリという少女の予言が当たったんです」などとは言わずに。
 「明日帰るから。友達が死んだんだ」
  手短に母親に告げた。
  そうしてぼくは北海道に帰った。 
タグ:荼毘
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2009年06月01日

ユカリ 由香里 第4章  事件

  8月14日、午後11時50分。
  啓はすでにベッドに寝っころがり、ぼくも敷いた布団の上で、暮れゆく“今日”を目覚まし時計の針を目で追いながら、息を詰めて見守っていた。
 「あと10分。無罪放免まで」
  啓がつぶやく。
 「その時を祝って、クラッカーでパンパンやりたいもんだ」
  ぼくはあくまで冗談で言ったつもりだ。
  その時、椿事が発生した。
  クラッカーにしては音が派手すぎたし、震動も大きく、度肝を抜かれた。ガラスの割れる音がし、カーペットがめくれあがり、埃がもうもうとたちこめた。爆弾テロかと思った。次の瞬間、蛍光灯から明かりがうばわれた。
  啓はあわてて起きあがり、玄関口まで脱兎のように駈けぬける。ぼくも同じ行動を取った。闇の中を。
 「うわーっ!」
  絶叫を迸らせ、階段を狂ったように降りていく啓。充満する煙に咳き込みながら、ぼくは彼の背中を追う。
 「待てよ! 啓」
  転がるように鉄製の階段で外へ。急な事態に、ぼくたちと同じ行動に出ている人間が数名。いま出てきた部屋の真下、その一階部分は大きな洞穴に、ちろちろと小さな炎がところどころにあった。ガス爆発なのか。
  ドン、キキイーッ!
  短い小路を抜けてすぐの通りで、こんどは車の甲高いブレーキ音がした。脳裡を不吉な影が余切る。
ぼくは通りに出た。
  泡を食って車外に飛び出したタクシー運転手の視線の先に、路上に倒れたまま動かない啓の身体があった。
  ぼくはうつ伏せの啓を抱きおこした。
 「しっかりしろ! 啓」
  この四日間で何度目の台詞だったろう。こめかみから真っ赤なものを流した啓は、それから決して目を開くことはなかった。
タグ:友の死
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2009年05月30日

ユカリ 由香里 第3章  時間との勝負

  そして、ユカリの予言のタイムリミットの日。
  せめて夕立ぐらい来てくれればいいのに、その日も相変わらずの暑さだった。扇風機をつけても、熱風だけが押し寄せてきた。
  8月14日・・・“籠城”四日目。蜩(ひぐらし)の声がどこからか聞こえてきて、それがかろうじて涼を感じさせてくれた。
  ぼくはここのところ毎日アイスクリームとダイエットコーラばかり口にしていたので、胃腸の調子がダウンしていた。相方は顔にいくぶん生気が戻り、食欲も出てきている。
 「今日」が終わるまで、残り5時間あまり。そこまでをやりすごせばいいのだ。これは岡島啓と迎耕一郎の、運命への挑戦でもある。
 「すまん、いろいろと心配かけちまって」
  相方がわびる。
 「あと5時間の勝負だ。がんばろうぜ」
  ぼくは高校の卓球部時代を思い返していた。何度も辞めようと思った。三年までがんばれたのは、尊敬していたひとりの先輩・谷本さんがいたからといっていい。先輩の檄とアドバイスがあったからこそ、やっと三年目にレギュラーになって、インターハイにも出場できたのだった。個人戦の二回戦で敗れはしたが。
  先輩は「つらい時、くじけそうな時、がまんせずに『つらいよ、苦しいよ』というべきだ」と主張していた。ほかの同期の先輩と、そのことで意見が対立しても、決して自分の考えを曲げなかった。
 「男は黙って…」または「男子たるもの闘志を内に秘め…」なんて言う人もいる。
  しかしそれを実践できるのは、よっぽど人間のできた、たとえばトップレベルのプロスポーツ選手ぐらいだとも思う。「そうはなりたくないのか」と言われると、答えに詰まってしまうが、人間、自分ひとりの力ではどうにもならない本当の危機に立たされたら、誰かに「助けてくれ」と、大声で意思表示するべきだ。変なプライドや社会的体面にこだわったままでは、助け舟が来る前に大水に呑みこまれてしまうだろう。
 「こいつは、おれが連絡を取らなかったらどうなっていただろう」
  ちょっと恐ろしい想像をぼくはした。それは、啓に話さなかったが。
  表通りからさほど離れていないので、うるさいバイクなんかが走ると“こと”である。たった今、それが通りすぎていった。きのうの晩なんかは、暴走族とパトカーが追っかけっこをやっていた。乗っている当人はうるさくなのだろうか。こっちは、聞きたくもない音楽は迷惑なだけだ。
  啓はテレビをつけた。
 『水戸チャンドラー 対 府中オリンポス』。
  プロサッカーの試合、2位と3位チームの激突である。第一ステージも、はや大詰め。ここで負けたチームは首位戦線から脱落するとあって、サポーターの応援も過熱気味だ。
 「気になんないか。さっきみたいな騒音」
 「平気平気、もう馴れちまったよ」
  缶ビール片手に、テレビ観戦を決め込もうとしている啓。
 「住めば都か。馴れってのはおっかないな」
  腹具合が本調子ではないから、ぼくはポテチだけをつまむことにした。
 「あと5時間たらずで、おれは外出禁止解除になるけど、おまえは“シンデレラ”になっちまうのか」
 「そうさな、つごう100時間もほとんど同じ場所に二人でいたんだ。腹がおっきくなちゃうんじゃないかな、おれ。その時はきっちり落とし前をつけてもらうとして、明日の朝までここにいても、ふたり目ができちゃうとは思えないから、夜明けのコーヒーでも飲もうかな」
 「おまえ、大丈夫か」

  しかし悲劇は、“時効”直前に起きたのだ。
タグ:男道
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2009年05月29日

ユカリ 由香里 第3章  友人2

  掃除がひと段落ついて、ぼくはテーブル上にカップラーメンやスナック菓子を展示した。すこしは感激してくれると思ったが、相方は「はあ」と、息を抜くだけに終わった。
 「元気を出せって。なんだ、5歳の女の子からちょっと言われたくらいで…」
 「当たってるんだろ。…あのユカリちゃんの予言は」
 「それがどうした。そんなことでびびってどうする。お前らしくもない…」
  啓の動転を鎮めるには、そう言うしかなかった。
 「ところで、お前のご自慢の彼女はどうしたんだ。来てくれなかったのか」
 「来たよ。だけどふられた」
 「えっ?!」
  それは事実のようだった。啓は彼女の前で「死んじまう。どうしよう」と、あまりに声高に、そして何回も騒いだらしく、彼女はあっさりと啓を見限ってしまったのだ。
  それが兇予言のショックに輪をかけて彼を苦しめ、にっちもさっちもいかなくさせてしまったようだ。
 「残り四日・・・」
  ぼくは壁にかかっているアイドルタレントのカレンダーを見た。神経科医に診せるより、啓には世話女房が必要だった。ぼくは女でもないし、ましてホモでもない。だが今、力になってやれるのはぼく以外にない。
  次なる仕事は、彼のバイト先に電話を入れることだった。ハンバーガーショップの店長が出る。
 「あ、岡島君か。せっかくまじめにやってくれたのに、三日間も無断欠勤されちゃあね。困るんだよ、そういうのは。『もう来てくれなくてもいい』って、いってくれないか」
  そっけなく、つめたい返事だった。
 ・・・それから三日間は、何事もなく過ぎていった。
タグ:クビ
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2009年05月28日

ユカリ 由香里 第3章  友人1

  ユカリはまだ子供だ。だからあんな兇事を、歯止めもなくしゃべってしまったのだろう。ぼくはもう受験勉強どころではなく、啓の心境と少女のことで頭がいっぱいだった。
  ぼくはその日の夜、啓に電話してみた。あの「指名予言」から三日目のことである。
 「どうだ、あれから変わったことはないか」
  ふだん通りの調子で話したつもりだ。
 「三日前から一歩も外に出てない・・・」
  数秒の間をおいて、啓がやっといった。
 「バイトにも行ってないのか。何してる」
 「何してるって、・・・テレビとかDVDぐらいしか・・・」
  啓のアパートはこちらの最寄り駅・町田から小田急線の急行で10分ちょいの、向ヶ丘遊園駅北口の商店街のはずれにある。
 「思い切って自宅に帰ったらどうだ。お盆も近いし」
 「ばか、動けるかよ。あんなこと言われてよ」
 彼は震える声を出した。
 「飯は食ってるか。彼女を呼んでつくってもらえよ」
  返答がない。ぼくのなかで波風が立った。交通事故ではなく、心身症で自殺でもされたら大変であった。もしそんな事になってしまったら、自分にも多大な責任がある。
 「今から行くからな」と、携帯を切って、ぼくはさっそく行動を開始した。
  9時半すぎ、玄関扉を押しのけて、風よりも速く走った。そのままランニングしていって、近くのコンビニでカップラーメンやレトルト食品をごちゃごちゃ買い込む。
  電車を『向ヶ丘遊園』で降り、息せき切らして彼のアパートに着いたのは夜の10時を回っていた。玄関ドアを開けるなり、異様な熱気と男臭さがあった。
  ぼくはベッドの上に飛び乗って、閉め切られていた窓を全開した。
  明かりをつけると、げっそりとした友の顔が蛍光のもとに浮かんだ。
 「しっかりしろよ! 啓」
  大声で呼びかけると、彼はやっと顔を上げた。上下グレーのスエット姿でぼんやりとしたままだ。
  小さなテーブル上、金属製の灰皿には大量の吸い殻。臙脂のカーペットには、カップラーメンの空容器と、缶ビールの空き缶がひしめいている。
  ぼくは流しの横から半透明のゴミ袋を見つけてきて、そいつらをてきぱきと回収していった。
 「掃除機はどこだ」
  虚ろな彼の人差し指が示した先は押入れだった。
  ぼくは家政婦になって、カーペット上に吸い込み口を往復させた。そのあいだ、部屋の主はずっとベッドの上だった。
タグ:予言
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