2009年06月26日

ユカリ 由香里  終章  再会1

  ようやっと事態を察したのは、どこかのハンバーガーショップの2階だった。
  命の恩人は、若く、たいへんな美貌の持ち主だった。ここにたどり着く間に、何人の男が振り返っただろう。それが蒼ざめた顔の、同年代の男の手を引いていたものだから、目立つことこの上なかった。
 「助けてくれて、どうもありがとう」
  ぼくはとりあえず礼をいった。
 「やっと恩返しができたわ。ぎりぎりのところだったけど」
  彼女は、はきはきといった。青いベレー帽を脱ぐと、短めのつややかな黒髪があらわれた。
 「恩返し?!」
  気の動転というパニックから完全に解放されていないぼくは、当惑した。
 「わからないかな。じゃ、これでどう?」
  彼女は背負っていたバッグのなかから“ぬいぐるみ”を取り出した。首筋に縫ったあとがある。
 「……ミミちゃん! どうして君がこれを?」
 「私がこれの持ち主だからよ。私の名は由香里、森川由香里…」
  ぼくは彼女の言葉がすぐに呑みこめなかった。
 「君はユカリの姉なのか?」
 「ちがう。私はあなたに誘拐犯から助けてもらったユカリよ。あれから16年もたって、今はこうだけど。それと字がちがう。理由の由、香水の香、里、この三文字で由香里なの」
 「おれは迎耕一郎っていう。苗字を音読みされると“ゲイ”になって、そちら方面の人と勘ちがいされちゃうんだ」
 「あれ、冗談が出るようになったじゃない」
  自称“ユカリ”はにこやかに笑い、はじめて白い歯を見せた。どっきりするほど美しい。だが、まだだまされているような気がした。
 「ユカリちゃん、去年の秋、あなたに別れぎわ、『わたしとかんけいのある女の人と出会う』って、いってなかった?」
 「…たしかにそういったよ。その関係者が君自身だってのか? 今のユカリはまだ5歳で小学校にも上がっていない。なのに君は…」
 「あなたが変に思うのも無理ないわね。ごめんね、びっくりさせて。真実を話すから、ちゃんと聞いてよ」
  彼女はブルゾンを脱いだ。その下はタートルのグレーのセーターである。緋色のミニスカートの先に、すらりと長く伸びた脚が二本。
  彼女は黒タイツにくるまれたそれを組み換えた。
 「さっきもいったけれど、私は16年後の、西暦2025年から来たの。未来のユカリちゃんてわけよ。世の中すっかり様変わりして、その16年のあいだに何があったかというと、中東で核戦争がおき、アメリカのカリフォルニアは海に沈むし、大西洋の大規模な地殻変動で“ニューアトランチス”が、浮上したわ。日本では、近海の大規模な地震の続発で津波の被害が出たし、東京もそれにやられた。火山噴火もあって、泣きっ面にハチのような状態だった。その中でいちばん変わったのは人間よ。はっきりと二つのタイプに分離した…」
  ぼくは、ぽかんと口をあけて、彼女の口から矢継ぎ早にくりだされる驚愕の未来図を反論せずに聞き入った。そして姑息なことに、一番の関心事を尋いた。
 「ぼくの未来は?」
 と。
タグ:ぬいぐるみ
posted by はむじの書斎 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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