2009年06月22日

ユカリ 由香里  終章  合格発表

  時は流れ、M大の合格発表当日。
  午前9時半ごろ、ぼくは御茶ノ水駅に降り立った。目的が同じなのか、ほぼ同年代と思えるやつらと多くの人ごみにまぎれてホームの階段を昇っていく。
  M大・神田駿河台の本校。近代的な「タワー」の正面。2月末の空はどんよりと曇り、しかも寒かった。ぼくはベンチコートの襟を立てて、“その時”を待った。
  午前10時ちょうど、コート姿の係員が一斉に看板を立て、合格者の名前が掲示された。着ぶくれした人間の集団が、近くでそれを見ようと押し寄せる。ぼくもその仲間に加わった。
  受験番号6119。「文学部」と朱書きされた横の、数字の羅列を目で追っていく。運命の瞬間。

  ぼくはタワー正面から歓喜の声を背に、駅方向にとぼとぼと戻ろうとしていた。
 「矢折れ尽き果てた」、とは、今のぼくのためにあるようなコトバだった。
  寒々とした鉛色の空から白い使者が舞いおりてきて、ぽつりぽつりと肩で水滴になる。
 「ありがとう、空よ。君もぼくのために泣いてくれているのか」、などと文学的感傷に浸っている場合ではなかった。
  コートのポケットからしわがれた紙パッケージを出し、人差し指と親指とで、円筒形のものを探った。   
最後の一本に百円ライターで火をつける。やけにほろにがい味がした。「最後の大学受験」翌日からおぼえたタバコだった。手がかじかむ。
  受験前日からは、神経が逆立ってしまい、ぼくは不眠症になっていた。これで11日間ぶっ通しだ。
 「家に帰ってそのまま横になるか。それとも親に連絡を入れるか…」
 ぼんやりとした頭で、御茶ノ水駅に向かっていく。
 親父もおふくろも、さぞかし手ぐすね引いていることだろう。普通なら「それは残念だったね」となるところが、ぼくの場合は「よしよし、それじゃすぐ仕事だ」なんてことになるんだろうな。
 逆に、美智子は残念がるだろう。正月に一時帰郷したとき、彼女は合格祈願にお守りをくれた。合わせる顔がない。
  
タグ:歓喜の声
posted by はむじの書斎 at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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