2009年06月18日

ユカリ 由香里 第6章  回復1

  それから、病院のベッドの上で目をさますまでの経過は、よく憶えていない。
 「あっ、おにいちゃんが目をあけたーっ」
  ユカリは母親に付き添われて、ぼくの横にいた。そのことが「現実」を思い出させた。
 「あれから何日…?」
 「きょうは9月6日だよ」
 ちがう方角から、聞き馴れた声がした。おふくろだった。
 「ばかだね、あんたって子は」
 「ごめんよ」
  おふくろは涙ぐんだ。
  9月4日、あそこで大立ち回りをやり、負傷しながらもユカリを助けたぼくは、彼女に励まされながら歩いていって、近所の民家に助けを求めたという。
  ある総合病院の外科で開腹手術を受け、集中治療室(ICU)を出たのがつい1時間前らしい。あれから丸二日がたっていると聞いて、あらためて「とんでもないことをやった」と、われながら呆れた。
 「すいません。あそこの方は?」
  病室の戸口にさっきから立っている中年男性がいたので、気になって尋いた。
 「うちのおとーさん」
  少女はあかるく、元気に答えた。
 「お恥ずかしいんですが、こんどの事件で、いろいろと力になってくれまして、『やり直そう』って、言ってくれたんです」
  母親はすこしもじもじし、頬を桜色に染めた。
 「よかったじゃないですか」
 「はじめまして、堀川といいます。娘を助けだしていただきまして、何とお礼を申し上げたらいいか…。言葉もありません。本当にありがとうございました」
 歩み寄ってきた堀川さんはぼくと、そしておふくろにも頭を下げた。
 「それにしても、どうやってユカリの居所を…?」
  ぼくは答えに窮した。
 「その…、何ていうか、ぴぴぴと来るものがあったんです」
 と、いいわけし、ユカリは、
 「あたしがおにいちゃんに“助けてほしい”って電波をおくったから、来てくれたのl」
  ぼくは少々ぶったまげたが、周りの人間たちはそれを通りすぎて、狐につままれた。
  その翌日、ぼくの証言で犯人が捕まった。
  浅草近くをうろついていたその男は、警官に職務質問を受け、それを振り切って逃走に移るも、警察の連係プレーで、その滝本勝容疑者(25)は間もなくお縄になった。けっこう大捕り物だったそうだ。
  滝本は中学時代から暴行、窃盗などの非行をかさねており、保護監察処分を受けたことがあった。小学生の時分、母親が外に男をこしらえて失踪しており、彼もまた欠損家庭のなかで育ったのだった。成人をむかえても同年代の女性とは満足に口も聞けず、また相手にされなかった。ますますいびつになった彼の精神は、ついに幼女に手を出したのだ。未解決の二件の幼女誘拐・殺人事件についても、神奈川県警では関連を追及している。
  ぼく自身もテレビ・新聞ネタになり、「浪人生、幼女救出と犯人逮捕に大金星」などと、勝手に騒ぎたてていた。傷が日に日に回復していくなかで、数多くインタビューを申し込まれたが、すべて断った。それに応じているよりも、英熟語のひとつでも余計に憶えたかった。おふくろには自宅から参考書や問題集を持ってきてもらい、ベッドの横はそれの山になった。
  警察からはユカリを助け、犯人逮捕に貢献したとして、感謝状と記念品を贈られた。ただ、
 「あまり無茶をしないこと。今後、同様のケースに出くわしたら、まず警察に通報するように」と、釘をさされた。
  事件を聞きつけた北の故郷からも連絡が入った。
 「迎くん、見直したわ。ほんとはそっちに飛んで行きたいけど、傷、早く直して志望校に受かってね」
 これは遠田美智子からのメッセージである。
 
ラベル:犯人逮捕
posted by はむじの書斎 at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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