2009年06月16日

ユカリ 由香里 第6章  格闘

  たったひとつのガラス窓から漏れてくるわずかな明かりだけを頼りに、周囲を見まわす。がらんとしているようだ。上から、ひそひそ調の人の声がした。幼い女の子の声だ!
  暗さに馴れてきた目で二階に通じる階段を見つけた。
  どうやら事件の核心に迫ったようだ。口からせり出してきそうな心臓を、「落ちつけ、落ちつけ」と、見えない手で押しもどした。
  ぼくは抜き足差し足で、小さくきしむ音に注意をはらいながら、一段一段、それを昇っていく。
 「なあ、ユカリちゃん。今度は何して遊ぼっか。この前みたいに、また裸になってくれるかな」
 「いやーっ!」
  男の台詞は普通じゃなかった。
  ぼくは階段のてっぺんの壁にはりついて、そいつの異常な願い事を聞いた。
  汗がとめどもなく噴き出してくる。それを右手の甲でぬぐう。その直後、ぼくは失態を犯した。
  肘を壁にぶつけ、ばき、という音を出してしまった。男は異常な会話を中断し、まっしぐらにこっちに向かってきた。
  どういうわけか、ぼくは開き直り、木戸を遠慮会釈なしに勢いよくあけた。
  怯えていたユカリの両目も大きく見開かれた。白馬の騎士、いや、白馬のおにいちゃんの登場に。吊りさげられたランプの明かりがゆらめく。
 「うおおおーっ!」
  ぼくは野郎のどてっ腹に頭突きをお見舞いしていた。
  そいつは後方の段ボールの山に飛んだ。埃がもうもうと立ちこめる。ぼくも前方に突き伏しそうになる。
 「このやろうっ!」
 男は紙製のブロックを両手でかきわけて立ちあがった。激昂してジャックナイフを抜く。
 柱のひとつにくくりつけられていた少女は固唾をのんだ。ぼくはそれの放つ冷酷そうな光に、どうしても目が行った。
 ナイフよりも陰惨な光を眼に宿した男が、それを持つ手を右に左にひらめかせながら切りつけてきた。
 それは4,5回空を切った。ぼくはとっさに、床に転がっていた角材を投げつけた。それは命中しなかった。
 「ユカリを放せ!」
 あらんかぎりの大声で叫んだ。
 「うるせえっ」
 棒立ちになっていたぼくに、そいつは躍りかかった。鋭い痛みと灼熱感とが左脇腹に同時に走って、その場にへたりこむ。
 「へっへっ、ひへへっ」
 男は気管がつぶれたような声を出し、対戦相手の脇腹に突き立てられたナイフを血走る眼で見た。それにかえって気押されたのか、突然自分の犯した罪の重さに目覚めたのか、ゆっくりと二、三歩あとずさったあと、あわてて身をひるがえして、ばたばたと階段を降りていった。
 ぼくは脂汗を掻きながらナイフの柄に手をかけ、それを抜いた。白いポロシャツを真紅に染めるものがあった。あえぎながら、よろよろとユカリのもとに近づく。
 自分を傷つけたナイフで彼女の縛めを解いた。少女は顔全体を涙にして、ぼくに抱きついた…。 
ラベル:救出
posted by はむじの書斎 at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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