2009年06月13日

ユカリ 由香里 第5章  ビジョン

  受験勉強の新たな意気込みは、どこかへふっとんだ。夜の10時ころ、近くの酒屋からウイスキー1本を買い、そのままラッパ呑みした。
  12時を回っても、いっこうに眠くならない。回ったのは質の悪い酔いだけだった。
  まんじりとしない夜。この前のデート前日のものとは気分がまるで正反対だった。
 「無事に戻ってくれ」
  ぼくに今できるのは祈ることだけだ。
  そこは薄暗かった。
  使われていないどこかの倉庫のようで、埃をかぶった段ボール箱だとか、木箱だのが無造作に置かれてあった。
  ぎしぎしと、階段を昇るような音がして古い木戸があけられた。登場したのは見たこともない男だった。一見すると24,5歳か? 工場かどこかの従業員らしい。うすいブルーのつなぎを着ている。それには靴墨のような汚れが何ヶ所かについていた。
 「やあ、機嫌はどうだい? オレンジジュースを買ってきてあげたよ」
  男はプラスチックの半透明なコップに、それをなみなみと注いだ。
  目をあけると、ぼくはテーブルの上に腕を枕にしていた。すっかり眠りこけていたらしい。すぐ近くに、残りすくなくなった琥珀色の液体が入っているボトルがあった。
  吐き気を催した。ぼくは流しで前かがみになった。
  胃のなかのものを処分して、顔を蛇口の水で洗い、今いる場所を見回した。
  いつもの見馴れた部屋。なら、さっきの光景は何だったのだろう。男の顔。とくにあの目は忘れられない。つめたく歪んだ光があった。
  時計は朝の6時半前。玄関まで行き、朝刊を取ってくる。社会面を見たが、案の定、ユカリのことは一行も出ていなかった。
  おととい、9月2日の夕方、ユカリはいつものように母親に連れられ、家に戻った。夕飯のカレーライスができるまでの間、「いってきまーす」と、彼女はひとりで近くの児童公園に行った。彼女は暮れなずむ公園の砂場で「お城」をつくっていた。そこで消息は途絶えていた。
  帰りがあまりにも遅いので、心配になった真理がそこへ行くと、砂のお城だけが残されていた。
  以上が、後日知った事のいきさつだ。
タグ:不審な男
posted by はむじの書斎 at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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