2009年06月11日

ユカリ 由香里 第5章  大事件

  ぼくは羽田に向かう機内で遠田さんのことを思った。
 「ときどき電話したり、メールするから」と、お互い約束し合って、彼女は「合格祈ってるから」と言ってくれた。
  甘い期待もそこそこに、「決戦まであと半年、やらねば」と、気を引き締めていた。次の大事件が待ち受けている、などとはこれぽっちも知らずに…。
 『ガーデンテラス町田・B棟』5階にあるわが家の玄関をあける。
  窓を閉め切っていたので、熱気が室内に充満していた。どさっと荷物を手から解放して、がらがらとサッシを全開した。
  熱気を帯びた微風だったが、ひと月前と比べると、ややさわやかになったような気がした。暦のうえではとっくに「立秋」をすぎている。
  床にべたっと大の字になる。「気合を入れないと」などと、天井としばらくにらめっこをした。
 「そうだ、おみやげ…」
  旅行カバンから、新千歳空港で買った地元の銘菓を出した。
  森山家の呼び鈴を二度鳴らすと、ユカリの母親が顔を出した。
  様子が変なのはすぐにわかった。目も、そのまわりの赤く腫らしている。母の頭ごし、居間に地味なスーツ姿の男がふたり。ひとりはソファに腰掛け、もうひとりは窓際に立ってたたずんでいた。
 「お母さん、どうしたんですか」
  とりあえずお土産を渡して、事情を尋いた。
 「あら迎さん、おひさしぶり。お元気でした?」と、彼女はいわなかった。
 「うちの娘が…ユカリが…」
  ただそれだけを、泣き声でいった。
  奥から男のひとりがつかつかとやってきて、
 「ああ君、引き取ってくれないかね」と、高圧的に迫られた。
 「ユカリちゃんが、ユカリがどうしたんです!」
  男の忠告に耳を貸さず、ぼくはユカリの母にただした。
 「ゆ、誘拐されたんです」
  母が上ずった声で告げる。ぼくは頭をハンマーでなぐられたようになった。
 「誘拐…!? いつのことですか」
 「君、もういいから家に戻りたまえ」
  その男は刑事らしい。
 「いつから、ユカリは…?」
 「きのうから行方不明なんです。ついさっき『娘はあずかっている』と、連絡が入ったばかりで…」
  血が頭から、下にさあっと退いていった。
  ぼくは刑事に追い出された。
タグ:誘拐
posted by はむじの書斎 at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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