2009年06月04日

ユカリ 由香里 第4章  郷里で1 

  札幌で法事に出席した日もふくめ、五日間ほどは食事も満足にのどを通らなかった。ぬけがらのような日々を親許で送るなかで、啓を失った、あの日のことが浮かんでは消えていった。
 「ああしていればよかったのに…」
  その思いは星の数だった。たとえば、あの爆発の直前、ゴムタイヤが焼けこげるような臭いがたしかにあった。それが爆発の危険があるとわかっていれば…などと。
  啓とすごした四日間、ぼくはぼくなりに最善をつくした。しかしあの日、ユカリが彼にあんなことを宣告しなければ、あの最悪の事態は避けられたのではないか。とも。
  だからぼくは現地での事情聴取と葬儀のあと、森山家にあいさつもせず、逃げるように帰郷したのだ。
  自分を責める気持ちとユカリに対する恨み、いや、運命に逆らえなかったふがいのなさに、どうにかなりそうだった。両親はそんなぼくを見て、「はれもの」を扱うような対応だった。  
  勉強するわけでなし、虚ろな日々を送っていたところに、高校の元同級生から電話がかかってきた。塚越という、わりと親しかった奴だ。
 「来週の30日、同窓会をやるんだけれど、来るか」
 ぼくはまず、身の上話をした。
 「…そうかあ。たいへんだったな、それは。でも、いつまでもお前が沈んでたって、その死んだ友達が浮かばれるってわけでもないだろう」
 彼のそのひとことは、闇に一条の光を見た思いだった。
 「それに、遠田さんも出るっていってたよ」
 遠田さんは、高校時代のマドンナだった女の子だ。彼女には思いを告白できずに卒業してしまったが、親しい友達、二、三人には彼女のことを打ち明けていた。いま、何をやっているのだろう。
 「気分転換に出てみるのもいいな」
 と、ぼくは意思表示して、受話器を置いた。
 その日の晩は久しぶりに食欲が回復して、ぼくはもりもりとおふくろの手料理をかたずけていった。いつもは現場の残業などで帰りの遅い親父も、今日はなぜか早めに帰宅して、「一家団欒水入らず」の晩餐になっている。
 「おっ、今日は元気だな。あまりくよくよしても始まらんしな」
 親父をイメージするに、一番近い有名人は田中角栄である。『迎土木建設工業』の社長はきっぷがいいが、怒らせるとすさまじい。
 「あまり無理しなくたっていいのよ。勉強も中断してるようだし」
 おふくろに近いイメージをもっている人は? と尋かれてもなかなかむずかしい。あえて言うなら、京塚昌子あたりか。ちょっと古いかな。
 「ほんと、いろいろなことがあったよ」
 ぼくは話をはぐらかそうとした。
 「無理せんでええぞ。大学なんぞ行ったって、アタマでっかちになるだけだからの。いつでも帰ってきたらええ」
 海べりの町出身の“浜言葉”丸出しだ。
 「受験は? 勉強はどうするんだい」
 「クラス会が終わったら、あっちへ戻る」
 「向うはまだまだ暑いんでしょうに。こっちで勉強したら?」
 「参考書も問題集も、全部あっちなんだ。今さら買いそろえるわけにもいかないだろ」
 その席では親父だけがうまそうにビールを飲んでいる。
 「ま、何はともあれだ。浪人の身分もそう永くやっておれんだろう。来年の春まで結果が出せなければ、そのあとは家の仕事をおぼえてもらうからな。そのつもりでおれ」
 今までの言い方とはちょっとちがう、高らかな、そしてきっぱりとした宣言だった。そんなに継いでほしいのか。
 ぼくは少々あせりを感じた。
タグ:マドンナ
posted by はむじの書斎 at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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