2009年06月01日

ユカリ 由香里 第4章  事件

  8月14日、午後11時50分。
  啓はすでにベッドに寝っころがり、ぼくも敷いた布団の上で、暮れゆく“今日”を目覚まし時計の針を目で追いながら、息を詰めて見守っていた。
 「あと10分。無罪放免まで」
  啓がつぶやく。
 「その時を祝って、クラッカーでパンパンやりたいもんだ」
  ぼくはあくまで冗談で言ったつもりだ。
  その時、椿事が発生した。
  クラッカーにしては音が派手すぎたし、震動も大きく、度肝を抜かれた。ガラスの割れる音がし、カーペットがめくれあがり、埃がもうもうとたちこめた。爆弾テロかと思った。次の瞬間、蛍光灯から明かりがうばわれた。
  啓はあわてて起きあがり、玄関口まで脱兎のように駈けぬける。ぼくも同じ行動を取った。闇の中を。
 「うわーっ!」
  絶叫を迸らせ、階段を狂ったように降りていく啓。充満する煙に咳き込みながら、ぼくは彼の背中を追う。
 「待てよ! 啓」
  転がるように鉄製の階段で外へ。急な事態に、ぼくたちと同じ行動に出ている人間が数名。いま出てきた部屋の真下、その一階部分は大きな洞穴に、ちろちろと小さな炎がところどころにあった。ガス爆発なのか。
  ドン、キキイーッ!
  短い小路を抜けてすぐの通りで、こんどは車の甲高いブレーキ音がした。脳裡を不吉な影が余切る。
ぼくは通りに出た。
  泡を食って車外に飛び出したタクシー運転手の視線の先に、路上に倒れたまま動かない啓の身体があった。
  ぼくはうつ伏せの啓を抱きおこした。
 「しっかりしろ! 啓」
  この四日間で何度目の台詞だったろう。こめかみから真っ赤なものを流した啓は、それから決して目を開くことはなかった。
ラベル:友の死
posted by はむじの書斎 at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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