2009年05月30日

ユカリ 由香里 第3章  時間との勝負

  そして、ユカリの予言のタイムリミットの日。
  せめて夕立ぐらい来てくれればいいのに、その日も相変わらずの暑さだった。扇風機をつけても、熱風だけが押し寄せてきた。
  8月14日・・・“籠城”四日目。蜩(ひぐらし)の声がどこからか聞こえてきて、それがかろうじて涼を感じさせてくれた。
  ぼくはここのところ毎日アイスクリームとダイエットコーラばかり口にしていたので、胃腸の調子がダウンしていた。相方は顔にいくぶん生気が戻り、食欲も出てきている。
 「今日」が終わるまで、残り5時間あまり。そこまでをやりすごせばいいのだ。これは岡島啓と迎耕一郎の、運命への挑戦でもある。
 「すまん、いろいろと心配かけちまって」
  相方がわびる。
 「あと5時間の勝負だ。がんばろうぜ」
  ぼくは高校の卓球部時代を思い返していた。何度も辞めようと思った。三年までがんばれたのは、尊敬していたひとりの先輩・谷本さんがいたからといっていい。先輩の檄とアドバイスがあったからこそ、やっと三年目にレギュラーになって、インターハイにも出場できたのだった。個人戦の二回戦で敗れはしたが。
  先輩は「つらい時、くじけそうな時、がまんせずに『つらいよ、苦しいよ』というべきだ」と主張していた。ほかの同期の先輩と、そのことで意見が対立しても、決して自分の考えを曲げなかった。
 「男は黙って…」または「男子たるもの闘志を内に秘め…」なんて言う人もいる。
  しかしそれを実践できるのは、よっぽど人間のできた、たとえばトップレベルのプロスポーツ選手ぐらいだとも思う。「そうはなりたくないのか」と言われると、答えに詰まってしまうが、人間、自分ひとりの力ではどうにもならない本当の危機に立たされたら、誰かに「助けてくれ」と、大声で意思表示するべきだ。変なプライドや社会的体面にこだわったままでは、助け舟が来る前に大水に呑みこまれてしまうだろう。
 「こいつは、おれが連絡を取らなかったらどうなっていただろう」
  ちょっと恐ろしい想像をぼくはした。それは、啓に話さなかったが。
  表通りからさほど離れていないので、うるさいバイクなんかが走ると“こと”である。たった今、それが通りすぎていった。きのうの晩なんかは、暴走族とパトカーが追っかけっこをやっていた。乗っている当人はうるさくなのだろうか。こっちは、聞きたくもない音楽は迷惑なだけだ。
  啓はテレビをつけた。
 『水戸チャンドラー 対 府中オリンポス』。
  プロサッカーの試合、2位と3位チームの激突である。第一ステージも、はや大詰め。ここで負けたチームは首位戦線から脱落するとあって、サポーターの応援も過熱気味だ。
 「気になんないか。さっきみたいな騒音」
 「平気平気、もう馴れちまったよ」
  缶ビール片手に、テレビ観戦を決め込もうとしている啓。
 「住めば都か。馴れってのはおっかないな」
  腹具合が本調子ではないから、ぼくはポテチだけをつまむことにした。
 「あと5時間たらずで、おれは外出禁止解除になるけど、おまえは“シンデレラ”になっちまうのか」
 「そうさな、つごう100時間もほとんど同じ場所に二人でいたんだ。腹がおっきくなちゃうんじゃないかな、おれ。その時はきっちり落とし前をつけてもらうとして、明日の朝までここにいても、ふたり目ができちゃうとは思えないから、夜明けのコーヒーでも飲もうかな」
 「おまえ、大丈夫か」

  しかし悲劇は、“時効”直前に起きたのだ。
タグ:男道
posted by はむじの書斎 at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月29日

ユカリ 由香里 第3章  友人2

  掃除がひと段落ついて、ぼくはテーブル上にカップラーメンやスナック菓子を展示した。すこしは感激してくれると思ったが、相方は「はあ」と、息を抜くだけに終わった。
 「元気を出せって。なんだ、5歳の女の子からちょっと言われたくらいで…」
 「当たってるんだろ。…あのユカリちゃんの予言は」
 「それがどうした。そんなことでびびってどうする。お前らしくもない…」
  啓の動転を鎮めるには、そう言うしかなかった。
 「ところで、お前のご自慢の彼女はどうしたんだ。来てくれなかったのか」
 「来たよ。だけどふられた」
 「えっ?!」
  それは事実のようだった。啓は彼女の前で「死んじまう。どうしよう」と、あまりに声高に、そして何回も騒いだらしく、彼女はあっさりと啓を見限ってしまったのだ。
  それが兇予言のショックに輪をかけて彼を苦しめ、にっちもさっちもいかなくさせてしまったようだ。
 「残り四日・・・」
  ぼくは壁にかかっているアイドルタレントのカレンダーを見た。神経科医に診せるより、啓には世話女房が必要だった。ぼくは女でもないし、ましてホモでもない。だが今、力になってやれるのはぼく以外にない。
  次なる仕事は、彼のバイト先に電話を入れることだった。ハンバーガーショップの店長が出る。
 「あ、岡島君か。せっかくまじめにやってくれたのに、三日間も無断欠勤されちゃあね。困るんだよ、そういうのは。『もう来てくれなくてもいい』って、いってくれないか」
  そっけなく、つめたい返事だった。
 ・・・それから三日間は、何事もなく過ぎていった。
タグ:クビ
posted by はむじの書斎 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月28日

ユカリ 由香里 第3章  友人1

  ユカリはまだ子供だ。だからあんな兇事を、歯止めもなくしゃべってしまったのだろう。ぼくはもう受験勉強どころではなく、啓の心境と少女のことで頭がいっぱいだった。
  ぼくはその日の夜、啓に電話してみた。あの「指名予言」から三日目のことである。
 「どうだ、あれから変わったことはないか」
  ふだん通りの調子で話したつもりだ。
 「三日前から一歩も外に出てない・・・」
  数秒の間をおいて、啓がやっといった。
 「バイトにも行ってないのか。何してる」
 「何してるって、・・・テレビとかDVDぐらいしか・・・」
  啓のアパートはこちらの最寄り駅・町田から小田急線の急行で10分ちょいの、向ヶ丘遊園駅北口の商店街のはずれにある。
 「思い切って自宅に帰ったらどうだ。お盆も近いし」
 「ばか、動けるかよ。あんなこと言われてよ」
 彼は震える声を出した。
 「飯は食ってるか。彼女を呼んでつくってもらえよ」
  返答がない。ぼくのなかで波風が立った。交通事故ではなく、心身症で自殺でもされたら大変であった。もしそんな事になってしまったら、自分にも多大な責任がある。
 「今から行くからな」と、携帯を切って、ぼくはさっそく行動を開始した。
  9時半すぎ、玄関扉を押しのけて、風よりも速く走った。そのままランニングしていって、近くのコンビニでカップラーメンやレトルト食品をごちゃごちゃ買い込む。
  電車を『向ヶ丘遊園』で降り、息せき切らして彼のアパートに着いたのは夜の10時を回っていた。玄関ドアを開けるなり、異様な熱気と男臭さがあった。
  ぼくはベッドの上に飛び乗って、閉め切られていた窓を全開した。
  明かりをつけると、げっそりとした友の顔が蛍光のもとに浮かんだ。
 「しっかりしろよ! 啓」
  大声で呼びかけると、彼はやっと顔を上げた。上下グレーのスエット姿でぼんやりとしたままだ。
  小さなテーブル上、金属製の灰皿には大量の吸い殻。臙脂のカーペットには、カップラーメンの空容器と、缶ビールの空き缶がひしめいている。
  ぼくは流しの横から半透明のゴミ袋を見つけてきて、そいつらをてきぱきと回収していった。
 「掃除機はどこだ」
  虚ろな彼の人差し指が示した先は押入れだった。
  ぼくは家政婦になって、カーペット上に吸い込み口を往復させた。そのあいだ、部屋の主はずっとベッドの上だった。
タグ:予言
posted by はむじの書斎 at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月26日

ユカリ 由香里  第3章  超能力

  ぼくの手元には『超能力読本』があった。
  ページをめくっていく。サイコテレキネシス、テレパシーなどの項目があって、気になる人物のところで、動かしていた手が止まった。彼の名は『エドガー・ケイシー』といった。
  いつもの図書閲覧室。土曜の午後、そこは満員の盛況で、まわりには静かにペンを走らせたり、参考書をめくったりしている中高生が多い。
  エドガー・ケイシー。アメリカ南部出身…“バージニアビーチの賢人”、あるいは“アメリカの聖者”とも呼ばれる。彼は病気にかかり、うとうとと眠っているあいだに天の声を聞いた…アカシックレコードを読み取る力があったといわれている、等々…。
 「アカシックレコード」とは、大昔から人間の想念波動が蓄積され、宇宙区間に記録されているという未知の物体のことであった。
  ぼくは、「そうか、歴史のCDか」などと、ひとり勝手に解釈した。ぼくがそんな作業にいそしんでいたのはもちろん理由がある。ユカリの予知能力について知りたかったからだ。第二回の私大模試まであと一週間。それも気がかりだが、彼女のことはもっと気になる。
  ケイシーのほかにも予言者はいた。ジーン・ディクソン、ミシェル・ド・ノストラダムス、日本の出口王仁三郎(でぐち・わにさぶろう)…。あのイエス・キリストも、はたまたアドルフ・ヒトラーでさえも予言を残しているという。
  ぼくは超能力者ではない。幽霊もUFOも見たことがないし、スプーンのひとつも曲げたことがない。時たま『保坂麗子の大霊視』なんていうTV番組を興味本位でのぞく程度だった。それが、ユカリの異常な言動を目の当たりにしてから、がぜん食指が動いている。
 「以前はあんなことなかったのに、変ねえ」
  彼女の母親はそう漏らしていた。となると、あの事故が引き金になっていると考えた方がいい。
  未来が見える・・・それが幸福でありがたいものだったのなら、何千回でも“お告げ”してもらいたい。しかし、逆の場合、耳に栓をしてでも聞きたくないんじゃないか。
  占星術、タロットカード、水晶玉…、さまざまな占いがこの世にはある。もちろん、満足な能力もないくせに、客に高いキャッシュを要求する「エセ占い師」もいるだろう。予言者のなかには、世のため人のために使っていた能力を己のためだけに向けた途端、ばったりと“お告げ”が途絶えた者もいるという。
  未来を見る、ということは、勇気がいるし、気恥ずかしさがともなうものではないか。
  風呂屋の番台ごしに女湯をのぞくようなものだ。「ああ、いいぞ」と思っているところを、「お客さん」と、とがめられるような。それにそこで見られるのは、うら若い美人だけとはかぎらない。
posted by はむじの書斎 at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

ユカリ 由香里 第2章  予言2

  ブーン・・・。
  扇風機がうなる音だけがした。
 「へんっ、何をいい出すのかと思ったら、そんなことかよ」
  啓は馬耳東風のふりをした。彼のこめかみをひとすじの汗が伝っている。それは暑さのために噴き出たものではなかった。
 「ユカリ、そろそろお家にもどろっか」
 そのとき、彼女の顔からはとぎすまされた妖しさが消え、いつもの感じになっていた。この場の粟立つような空気をぬぐい去るには、ユカリに退室してもらうよりない。
  彼女は「うん」と、素直にうなずく。ぼくは放心状態の啓の顔を見て、玄関まで小さな背中を押した。
 「どうしてあんなこと、いったんだい」
 つとめて軽い調子で尋いた。
 「うーん、よくわかんないけど、だれかがそっとおしえてくれたの。この前もそうよ」
 「ああ、きのうの交通事故のことか。でも、人前でそんなことをべらべらしゃべっちゃうのはどうかな。もうちょっとおとなになったらわかると思うけど、言っていいことと、悪いことがあるんだよ」
 少女はぼくから視線をそらし、無言のままうなずいた。おとなりの扉を開ける。
 「まあ、うちの娘が…。いつもいつもすいませんね」
 くだんの件を知らない森山家の母が、奥様ことばで愛想をふりまく。
 「はい、おにちゃんどうもありがとう、って」
 母は、こちら向きになった娘の頭をつかまえて、ぺこりとお辞儀させた。
 「それじゃ、おやすみなさい」
 ぼくも一礼して玄関扉を閉めた。
 “事件現場”に戻ると、啓はしらけたような顔をして深く一服していた。
 「まいっちゃったなー、あのひと言にはよ…」
 「気にするな」
 ぼくは繕ったようにいった。
 「おれ、帰るわ。クルマ置いていってもいいだろ?]
 通常だったら引き止めて、「泊ってけよ」というところだが、
 「そうか、しょうがないな。今晩は家まで送るぞ」
 と、ぼくは返して、電車内は別だったが、いざという時に盾になれるような姿勢で道を歩いて行った…。
 
posted by はむじの書斎 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月23日

ユカリ 由香里 第2章  予言1 

  実はおとといの晩、ユカリが来たとき、彼女はどっきりすることを言った。
 「明日の朝、この近くでおおきな交通事故がおきる…」
  彼女はそれを、酔ったような状態でいったのだった。
  きのうの新聞の夕刊に目を通すと、その大事故が報じられていた。
  ここから1キロほどしか離れていない市道で、路線バスとタンクローリーとがぶつかり、バスは2台の乗用車を巻き込んで、電柱でやっと止まった。タンクローリーは塩酸を満載していて、流出したそれは刺激臭をあたりにばら撒いた。おまけに、バスの乗客だった76になる老女が一人亡くなり、計25人が重軽傷を負ったというのだ。朝、8時前という通勤通学ラッシュの時間帯が災いしたようだ。
  その時ぼくは、どうにか夢から醒めようとしていた。
  やけにどこかでウーウーうるさいな、と、寝返りを打ちながらそれをうすぼんやりと聞いていただけだった。しかも行きつけの図書館は、この家をはさんで事故現場とは反対側にある。とんだ情報音痴になっていたものだ。そして「まさか?!」と、背筋が冷たくなった。
  そしてきのうの朝もユカリは「予言」した。
 「きょうの夕方、しつこい新聞のおにいさんが来る」
  すると本当に〇〇新聞を名乗る勧誘員が午後の7時ころ来訪して、玄関口で彼女の母相手に20分以上もねばった。結局、彼女はその新聞と一年契約のハンコを押してしまったという。
  ぼくはユカリの予言がぴたり当たった、という話をしようとした時。
 “発作”が、またしても少女をとらえた。
  ぼくの横でおっちゃんこしていたユカリは左右に激しくかぶりを振った。そのあと、座ったままうつらうつら状態になり、そしてようやっと目をあけた。
  その様子は、いつか見た古いオカルト映画のワンシーンのようだった。
  彼女の右人差し指は、いきなり啓の方をさした。
 「おにいちゃん」
  黒曜石のように光る瞳が彼を射抜く。
  あまり物怖じしないはずの啓がすこし度肝を抜かれて、10センチほど後方にのけぞった。
  ユカリの様子は、この前見たのより数段不気味で、美少女を通りすぎて妖少女のようだった。
  あわてふためいた点では、ぼくも同じだ。「悪魔憑きではないか」と、本気で疑った。
  彼女の腕は水平に啓に向いたまま、凝固している。
 「おにいちゃん。一週間以内に死ぬわ。交通事故で…」
  それは、まだあどけない5歳の少女の台詞ではありえなかった。30度近い部屋の温度が、一気に氷点下になった気がした。
タグ:どっきり
posted by はむじの書斎 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

ユカリ 由香里 第2章 落下の理由(わけ)

  5歳の少女・森山ユカリは、母親がちょっと買い物で出払ったすきに、何を思ったか、玄関を出た。廊下の欄干に黄色っっぽいアゲハチョウがひらひらしているのを見つけ、それを追いかけるうちに自分の家の玄関前にあったポリバケツを逆さ向きにして動かして飛び乗り、欄干上を綱渡りした。
  その数秒後、小さな体は宙にダイブしていた。
  彼女はその後、駐輪場の波打ったスチール製の屋根でワンバウンドし、放物線をえがいて植え込みにキャッチされたのだった。
  ユカリにさいわいしたのは、一方の手に『ミミちゃん』を抱えていたことだった。そのウサギのぬいぐるみは落下したショックで首がちぎれてしまったが、ミミちゃんは大役をやってのけた。屋根の上で彼女との間にサンドイッチ状態になり、ユカリにすりきず二ヶ所を提供しただけに終わらせた。その後の病院の検査でも、「どこにも異状なし」と出た。
  顔こそ出なかったが、ユカリの事件は当夜、TVの全国版ニュースになった。彼女は「5歳の少女」になっていた。
  現場から森山家に舞台を移しておこなわれた警察の事情聴取で、彼女の母はこってりと脂をしぼられた。ダイブした当人が幼稚園児では、無理もないことだ。
  母親の真理は、この街の歯科医院で衛生士の仕事をしている。まだ養育費と親権でもめている相手、つまりユカリの実の父親は、歯科の開業医だった。彼は埼玉にいるらしい。彼女は土曜の一部と日曜を除いた毎日、夕方の6時過ぎにクルマでユカリを迎え、自宅に連れ帰った。
 「子は親の鏡」なら、ユカリは犠牲者もいいところである。
 まだ幼いから、そのへんのオトナの詳しい事情はわからないだろうが、親同士のいさかいに巻き込まれ、しかも新天地に引っ越してきたばかりでは、精神状態も不安定になっていただろう。そのようなことがアゲハチョウを追いかけているうち、下におっこちてしまった背景にあるようだ。
タグ:ミミちゃん
posted by はむじの書斎 at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

ユカリ 由香里 第2章 訪問者

 「こんちは、耕ちゃん。あれ?!  だれかきてるの」
 不意の訪問客は、まだ5歳のうら若い女性だった。首がつながって全快した『ミミちゃん』を、小脇にかかえている。
 ユカリはだーっと上映中の部屋に入ってきた。悪友はDVDをすぐに切るべきだった。黄色のワンピース姿の少女は、まじまじと画面を見つめたのち、発言した。
 「あっ、これ知ってる。アダルトビデオっていうんでしょう」
 ぼくは小宴会のテーブルからリモコンをひったくって、画像を通常の地上波放送にもどした。
 八畳分の広さの洋間は、啓の吸ったタバコの煙で充満していて、それもユカリの教育上良くなかった。
 彼女は、「わあ、くさーい」と、自分で鼻をつまんだ。
 「あれま、こんばんは、お譲ちゃん。お名前は?」
 気まずさをひとかけらも見せず、啓があいさつした。
 「ユカリよ。おぼえてね」
 彼女は立ったまま得意のポーズをとった。そのふるまいが実に絵になってかわいい。
 「ひょっとして…?!」
 「そう。五日前、渡り廊下の欄干からおちてミラクルパワーで助かったんだもんねー」
 ぼくは彼女になりかわって説明した。
 「みらくる、みらくる」
 舌たらずの発音で、そうつぶやいて、ユカリはぼくの横におっちゃんこした。三度目の来訪である。  
posted by はむじの書斎 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

久しぶりの日記  プロ野球などを

  ことしは阪神ファンを休止して、日ハム応援してます。
  きのうは16-6。今日は競った試合をものにしました。
  チーム打率300ですよ。300。
  打撃がすごいじゃないですか。しかもジャイアンツ相手にですよ。
  家が札幌ドームに近いのと、ハンネが「ハムじ〜」なんで。

  ネット小説界に中1男子が鮮烈にデビューしたそうで。
  こちとら、17年前の旧作をリメークして、ホネ折って掲載中だってのに。
  彼の作品にはまだ、目を通してません。
  ただ、デビューが早いと、枯れるのも早いんじゃないかって想う。
  きのうは性描写のカキコでした。当時は「ビデオデッキ」だったのを「DVDプレイヤー」に書き換えたりして。

  BGMをRCサクセションからキョンキョンに変えました。
  RCのキヨシローは惜しい命を散らし、キョンキョンも離婚しています。
  「結婚式」はあっても、「離婚式」がない不思議さ。
  私はまだ独りですよ〜。「婚活」してみようかな。
posted by はむじの書斎 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

ユカリ 由香里 第二章  エロビデオ

  話がだいぶ飛躍した。今夜のぼくは、ひと足先にキャンパスライフを満喫している啓の来訪を受け、酒盛りをしている。
  ぼくがコミック文化について理屈をこねまわすと、
 「何をそんな面倒くさいことを考えてるんだ。マンガもTVゲームも結局面白いから、みんな読んだり、遊んだりしてるわけだからさあ」
 「しょうもないことを言うな」。派手派手のアロハシャツの相方は要は煙たがっていた。
 「そうかなあ、何もみんな考えなくなっちゃったら、全員ロボットになっちまうぞ」
  啓にも自分の価値観を共有してもらいたかった。ほんとは。
 「むずかしいことは言いっこなし。今宵は飲んでさわぎましょう」
 「お前なあ、相棒の身の上をすこしは案じてくれよな」
 四日前、森山宅での破戒から、ぼくは「浪人生」だということを忘れかけていた。意志の弱さじゃなくて、異常気象と啓のせいだ。
  冬はコタツの役目もする卓上で、啓は三本目の缶ビールのふたをあけた。ぷしゅっ、という音が部屋に反響する。
 「わかってるって、女日照りの宅浪生クンよ。だからね、きょうは君のためを思い、DVDをダビングしてきてあげましたよ。ジャジャジャーン」
 啓はナップサックからそれを二枚とりだした。すかさず一枚をプレイヤーの口にすべらせた。
 『桃色日記〜あえぎたい二十歳』。
 ブルーのタイトルが出て、すぐに絡みのシーンになった。そのAV嬢は、男優のパンツを引きずりおろし、「それ」を指でこねまわし、つづいて口で・・・。あとはみんなのご想像にまかせるとしよう。「裏もの」ではなかったので、肝心な部分はカーテンの向こうだった。
 「ああ、たまりません、後宮優ちゃん」
 操作のリモコンを手放した啓は勝手に昂奮していた。そんなぼくは彼とディスクの動きを止めもせず、画面に喰いいった。
 「ここがいいんだなあ。何発いかせてもらったかわかりません」
 啓は今にも自慰を始めそうな雰囲気である。彼もぼくもすっかり夢中になっているところに呼び鈴が鳴った。
 「ちくしょう、いいとこなのに。誰だ、こんな時に」
 くやしがる啓。来訪者が誰だか、ぼくにはおおよその見当がついた。
タグ:エロス
posted by はむじの書斎 at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月18日

ユカリ 由香里  第2章 2

  しかし、捨てる神あらば拾う神あり。次の学年では、栗田先生という恩師に出会った。若くて美人でもあった先生は国語、いや文学というものの楽しさを教えてくれた。(先生はクラスの誰からも好かれていた)。ぼくや、ほかの、特に男子生徒は、よく職員室の先生の机を訪れた。
 「これを読んでみなさい。ためになるから」と、先生から渡されたのは、現代語訳付きの『徒然草』だった。ぼくはしばらくそれを学生かばんの中に入れておき、ことあるごとに読んだ。あの年代としてはちょっぴりむずかしい用語もあったが、兼好法師の、時代を超えたメッセージは、今でもぼくのなかに生きつづけている。
 「活字ばなれ」なんていわれている。娯楽の種類が百花繚乱だから、たいくつな活字のページめくりが、特に若い層に敬遠されているのだろうか。
  コミックは「画」でもって、おもに架空世界を描きだしている。「ドカッ」 「バキッ」 「ワーッ」などなど、派手なつくり文字のオンパレードと“ふきだし”のなかの貧弱なセリフのかずかず…。画になっているから、読者は物語を視覚を優先させておぼえていく。「想像力」はあまり要らない。当然、「行間を読む」ことはしなくなる。活字とマンガでは脳ミソを使う点では、月とスッポンほどの差がありそうだ。
  TVゲームだって同じだ。あらかじめプログラミングされているから、基本的には敷かれたレールの上を走っていくのと変わりがない。RPG(ロールプレイング・ゲーム)と呼ばれるものはたったひとつの、前もって決められた結末に向けてゲームが進む。プレイヤーはクライマックスに到達するまでにどんな過酷な戦いがあろうと、傷ついたり死んだりすることはない。やることは指先の「カチャカチャ」だけだから、体力だってあまり使わない。
  現代の商業主義は、子供たちから戸外で遊ぶこと、会話すること、そして「想像力」と「創造力」を奪いとることに成功したのだ。
  巨大な、目には見えない蛾の幼虫が、この国の文化という葉を喰いつくしたとき、上空には一匹のモスラが舞うだろう。その翅(はね)にはこう書いてある。
 「破滅」
  と
タグ:国語の先生
posted by はむじの書斎 at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

ユカリ 由香里  第2章 1

  大学生になりそこねた人間のひがみに聞こえるかも知れないが、何かが間違っている、と思う。
  同郷の奴らも、また、予備校の今年めでたく卒業した奴らもけっこういい大学に行ってるし、専門学校に進んだのも多い。
  たとえば四年間を、勉強は無難にこなし、どこかのサークルに属して仲間と適当にわいわいやって、後半になったらお決まりのリクルータールックで就職活動をする・・・。大学の四年間なんてのは、社会に出る前の一種の執行猶予期間で、そこは勉強よりも、むしろ遊びを身につける遊園地のようなものである。これは誰だったか、評論家の請け売りだ。
  予備校時代、ふとしたきっかけで知りあった、同郷の岡島啓(おかじま・ひらく)なんかは、第一志望の大学でシーズンスポーツのサークルに入って、「わが世の春」を謳歌している。
  奴に意見するつもりはないが、ぼくはそんなキャンパスライフを夢見ているわけじゃない。ことし受験したのは社会学部と文学部だったが、来年は「文学部」一本にしぼろうと思う。
  コミックもTVゲームも好きだが、それ以上に好きなのが読書で、好きな作家もいる。自室の壁約4分の1は書棚だ。
  中学1年のとき、嫌いな国語教師がいた。(その教師はクラスのほぼ全員から嫌われていた)。今思えば学者肌の教師だったのかも知れないが、陰湿な性格で、陰気に彼は授業した。
  ある日の夜、ぼくは自宅でノートの片隅に、その教師の名を「〇〇め」と大書きしたのだった。翌日、ぼくはそのことをすっかり忘れて、ノートを開いたまま彼の授業を受けていた。それを机の間を巡回中の彼に発見されたものだから、さあ大変。
  彼曰く、「君、そんなに私が憎いか?」。おまけにその授業の最後で彼は、「君たちのなかで私のことを誤解している人がいる」と、よそよそしく言った。
  ぼくはその中学最初の定期テストで零店を意識して取ったし、授業中の小テストでも、わざとふざけた解答をした。とうぜん、国語という教科は嫌いになった。あの時は「もう国語は好きにならないだろう」と、ぼくはあきらめていた。
タグ:学生生活
posted by はむじの書斎 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

ユカリ 由香里  序章6

  ひさしぶりの家庭料理を腹いっぱいごちそうになり、おまけに禁酒の戒めを破った効果で、すっかり眠たくなっていた。
  午後9時。部屋に引きあげたぼくはTVをつけた。
  プロ野球はもう終わっていた。ひいきチームの予告先発はエースのDだったので、彼は調子のいい時の快刀乱麻のピッチングで、相手チームのバッターをはやばやと料理してしまったのかも知れない。
  まあ、今夕の試合結果はケータイのウェブサイトででも後で確認してみるとしよう。
  ことしになってから「ドラマ」はまったくと言っていいほど観ていない。
  恋愛にせよ何にせよ、ただのゲームに終始しているからだ。同年齢ぐらいの美男・美女が出版社なんかのこぎれいなオフィスでそれなりに仕事したりして、どちらかに恋のライバルができたりなどして、最後にどんな形にせよ思いを遂げてハッピーエンド…。制作側の熱意はさっぱり伝わってこない。
  すっかり眠りこんで、目をあけて時計を見たら、午前3時過ぎだった。Tシャツのすそはめくれ上がっていた。TVからは、ザーッという波音。いつまでそれを観ていたのだろう。
  今宵も熱帯夜のようだった。汗でぬれた肌になまぬるく、湿った空気が気持ち悪い。
  カーテンをはぐって、窓を全開する。5階のベランダごし、はるか遠くに都心の夜景があった。超高層ビルのてっぺんで、赤いランプがコマ切れに点滅していた。 
タグ:眠気
posted by はむじの書斎 at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

ユカリ 由香里  序章5

 「ありがとう。ありがとう」と、ぼくはきのう以上に三拝九拝された。当然のなりゆきとして介抱しただけなのに。
  ハンバーグだとかパスタだとか野菜のフレッシュサラダとか、ぼくの日常の食生活からかけはなれたご馳走が食卓に並べられた。
 「ご主人はまだお帰りではないんですか」
  動かしていたナイフとフォークの手を休めて尋いた。
 「いえ……ちょっとごたごたがありまして、離婚の調停をしている最中なんです」
  森山真理は、すこし表情を曇らせた。ぼくの横で、ユカリは無邪気にハンバーグをつついている。「おにいちゃんのとなりでたべたい」というリトルレディーの、たっての要望だった。どうやら好かれてしまったらしい。
 「迎さんはいつからこちらに住んでいらしゃるの」
 「もうすぐ一年半になります。今年の冬まで予備校通いしてましたが、春からは独学でやってます」
  ぼくは柄にもないことをいった。
 「そう…大変ねえ」
  長い髪の毛を後ろでしばっているユカリの保護者は同情してくれた。彼女は脚のついたグラスからビールをひと口飲んだ。
  ぼくはことし春からの禁酒をこの晩、いとも簡単にやぶっていた。彼女はお酌の名人だった。そして、自分の本当の歳を、軽い酔いにまかせてしゃべった。
  「33・・・厄年なのよね」
  ぼくもそのころ三杯ほどビールを平らげていたから、人妻経験者である経験者である彼女の色香とも合わせてちょっぴり酔っていた。そんなところにリトルレディーが割ってはいった。
 「おにいちゃんの頭から白いゆげがでてる!」
  ユカリはジュース入りのコップを手に、ぼくの顔を指差した。ぼくはべつに怒っていたわけじゃない。あとで思うに、それは彼女の“能力”発現第一号だった。オーラが見えたようだ。
 「何いってるの、ユカリ。そんなもの見えないじゃないの」
  続けて、「すいませんね。この子が変なこといって」と、母親がわびる。
 「だって、見えるんだもん」
  ユカリは自分の意見が受け入れられず、残念な様子だった。
 「これからは受験生が減って、大学も入りやすくなるんじゃないかしら」
  ユカリの母親は半可通の知識をひけらかした。悪気はない、と思う。
 「だけど、伝統校や有名校は相変わらずきびしいんですよ」
 「まあ、そうなの。迎さんはどこを狙ってらっしゃるのかしら」
 「恥ずかしながら、M大です」
  ぼくは頭を掻きながら答えた。ユカリの横槍で会話の流れも、雰囲気さえも変わっていた。
 「M大といったら、スポーツ強いわよね。…芸能界でも活躍してる人多いじゃない」
 「でも、ぼくがあこがれてるのは校風なんですよ」
 「こうふう…なあに、それ」
  長い黒髪を二つにわけ、白いリボンでゆわえているユカリが、野菜サラダで口をもぐもぐさせながらいった。脚が床にとどいていないので、それを交互に揺らしている。
 「学校の雰囲気みたいなもんだよ」
  ぼくはユカリの愛らしい顔を見た。
 「ふうん」
  と、彼女は小首をかしげた。 
タグ:ご馳走 校風
posted by はむじの書斎 at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

ユカリ 由香里  序章4

  その事件は警察沙汰になって、ユカリは母親ともども事情聴取を受けた。買い物から戻り、急を聞きつけた母親の蒼ざめようったらなかった。現場には、そのころ百人をこえる人だかりと、二台のパトカーの赤い回転燈が灯っており、彼女が少女を抱きしめるなり、「あなた、この子の母親ですね」という巡査のひとことから、それが始まった。
  少女は二、三の注意ですんだものの、母親はそうはいかなかったようだ。ひたすら平身低頭していた。その後にはきついお灸が待っていた。
  ぼくは母親の森山真理と、実は一度だけ会ったことがある。
  つい先日引っ越してきたばかりで、その日、呼び鈴で玄関口に出てみると、「これからもよろしくお願いします」と、菓子折をもらった。それがわずか二日前である。若造りで、まだ二十代中盤に見える彼女に、あんな可愛い娘がいるとは気がつかなかった。ちなみに、菓子折の中身はパウンドケーキ8個の詰め合わせで、貧乏浪人生にはありがたい施しだった。
  それ以上にありがたいことが、その事件のあった翌日晩に訪れた。森山家の夕食に招かれたのだ。
タグ:警察沙汰
posted by はむじの書斎 at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

ユカリ 由香里  序章3

  エレベーターはある。旧式で、内側の扉には金網の入ったガラス窓がついていた。それを降り、5階の屋外に面した渡り廊下を歩いていった突き当りが自分の部屋だけれど、まだぼくは『ガーデンテラス町田・B棟』の真下にいた。愛車のマウンテンバイクを手で押しながら・・・。
  西の空に傾いている真夏の太陽は、「明日も晴天だよ」と言わんばかりの朱色っぽい輝きを放っていた。
  猛烈に暑いのを除いては、今日も何事もなく、ぼくは右手に屋根付き駐輪場と植え込みとを見て、帰宅の最終アプローチに入るはずだった。
  突発事故は、いつ何時やって来るかわからない。まさにそれは頭上から降ってわいた。
  ぼん、と鈍い音がしたかと思うと、次に丸く刈り込まれた植え込みに大の字になったものがあった。それは人間の、少女だった。ぼくは愛車をほっぽり出した。
  彼女は猛烈な勢いで泣いた。第一発見者のぼくは少女を植え込みの間からひっこぬいて、白い半袖Tシャツと緋色のスカートにまとわりついていた小さな葉の断片などをはらいおとしてやった。背丈はぼくの半分ほど、年齢は5,6歳といったところだ。
  少女は泣きやむまで4〜5分はかかったろう。その間に近所の奥さんとか、通りすがりの男女がやじ馬同然に集合してきて、15人ほどの騒ぎになり、しきりに上空を見上げるなりしていた、と思う。
  少女の名は森山ユカリ。507号室に住んでいるという。なんと、ぼくの部屋のとなりじゃないか。
 「お母さんはどうしたの」
  第一発見者ということを鼻にかけて、ぼくはありきたりのことを尋(き)いた。
 「お買い物に行っちゃった…」
  ユカリは声をしゃくりあげながら、『ミミちゃん』がいない、と周囲をきょろきょろ見回した。やじ馬のひとりだった中年婦人が“それ”を目ざとく見つけた。駐輪場の真下にぽつんところがっていたウサギのぬいぐるみの胴体だった。
  少女は頭なしのミミちゃんを渡されると、それをありったけの力で抱きしめた。
  ユカリは肘と膝をちょっとすりむいただけで、もちろん命に別状があるわけでなかった。彼女がごく軽いけがですんだのが奇蹟なら、その後に起きたことはどう説明したらいいんだろう。
タグ:事件発生
posted by はむじの書斎 at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユカリ 由香里  序章2

  時計が午後の4時半を回って、ぼくは自習を切りあげた。
  コンビニで買い物をして交番と郵便局の前を抜け、四つ角を三つばかり折れて、七階建てのマンションへ、なまぬるい風といっしょに戻っていく。
 “マンション”といっても築後20年は経過していて、押し売りや新聞勧誘のおっさんを水際で食い止める、玄関先のオートロックシステムがあるわけではない。管理人室はあるが、午後の5時にはカーテンがかかってしまうし、そこに禿げ頭のおじさんはいないことが多かった。まるでお役所だ。  
タグ:事件
posted by はむじの書斎 at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

ユカリ 由香里  序章1

  外の世界は、まるで焼けこげたフライパンも同じだ。街全体が巨大な陽炎につつまれたように波打っている。
  ぼくの名は迎耕一郎(むかえ・こういちろう)。大学浪人二年目だ。
  今年冬まで予備校通いをしていたが、読経がうまい坊さんのような講師が多かったから、授業中はうつらうつら。いつだったか、本格的に居眠りしていたら、「やる気のないものは出て行け」と、坊さんのひとりから一喝されたっけ。
  そんな不真面目がたたってか、第一志望のM大にはあと一歩のところで不合格。滑り止めに受けたいくつかの学校のうち、二校には合格はしたが、入学は辞退した。とどのつまり、理想が高いのだろうか。
  そんなわけで今年は宅浪している。北海道にいる両親のもとを離れ、はや一年半。東京は町田市にあるマンションに独り暮らしの身分だ。
  札幌近郊の町で土建屋をやっている親父は、今年、「やっと受かったってのに、どうして手続きしなかった!]と、ぼくをどやしつけた。その言葉の裏側には、「いずれ家業を継がせたい」という肚が見えかくれしていた。どんな大学に行くにせよ、さっさと入学して、無難に四年間で卒業せい、というのが意見だ。
  会社の副社長兼経理部長が、ぼくのおふくろだ。そして嘆く、「そこまでして、どうしてM大にこだわるの?」。 でも、ぼくの信念は曲げられない。
  200X年夏・・・
  北海道出身の身には、今年の太陽の季節は暴君にもひとしい。世間には「不景気風」が吹いていたけれど、そんな風にはこの暑気をふっとばす力がない。おまけに、大学生の就職戦線は「氷河期」だそうだけれども、氷河なんてどこを見回してもなかった。どうにかしてくれよ、この暑さ。
  ぼくは自宅近くの図書館に、マウンテンバイクで毎日のように通い、クーラーの力を借りて受験勉強していた。ぼくの部屋には扇風機しかなく、その羽根を回しても、熱風しか吹きつけてこなかったからだ。
タグ:浪人生
posted by はむじの書斎 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

感染 バクハツ!?

  99.99%新型インフルエンザではないと言い切れるのですが、カゼひいてます。
  昨日が一番のピークだったようで、腹に来ました。
  時々、ピシッと痛みが走るんです。下しました。
  だから、昨日はPCに一回も触れてません。
  現在、未公開の新作ノベルを準備中です。「ユカリ、由香里」を。
  とにかく、今のカゼは自分の抵抗力中心で叩いていこうと思います。
  皆さんもカゼなんかには負けないでくださいね。

   by  はむじの書斎
タグ:本当の日記
posted by はむじの書斎 at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月05日

アディクション エピローグ2〜大団円

 「…待てよ、美恵子?」
 「思い当たるところがあるようじゃな」
 「まさかな、美恵ちゃんは六年ぐらい前にたしか、行方不明に…」
 「その美恵ちゃんは、こうして生き直してあなたと話しています」
  俺は凝然として “リナ” を見つめた。美恵子とは母方の兄弟の、つまり従姉妹だ。北見市に永く住んでいたが十年近く前に会って以来、とんと御無沙汰だ。行方不明になってからは年賀状のやりとりもしていない。顔はリナとは似ていない。悪く言えば彼女は「ブス」の部類に入る。
 「俺を憶えているか」と質したところ、リナは首を二回横に振った。
 「生き直すと、記憶の大半は失われる。じゃが、中毒症状や病気は消し去ることができる。儀式・リバースキャンドルはすぐにでもできる。どうじゃ?」
  目前の黒猫は、よどみのない日本語で言葉をつむいだ。
 「俺は…僕は、ギャンブル依存という病気にかかってしまった。これがどれだけ家計に打撃をあたえて、
人間関係をぎくしゃくさせたか計り知れない。できるなら生き直したいけれど、いくつぐらいに生まれ変わるのか不安だし、生計も立てられなくなると思うと怖いです」
 「そうか。しかし、最善の治療法はリバースキャンドル以外にはない。それにおぬしは、もう魔法にかかっている。リナと初めて逢った時のことを思い出せ」
 「…私と握手した時の記憶があるでしょう」
 「・・・まさか、あれ?!」
 「そう、おぬしはもう生まれ変われつつある。もうひと押しで完全に脱皮できる。そちの親兄弟にはもう了解もとりつけた。これでもまだやらぬのか」
  黒猫は首をもたげた。
 「わかりました。でも、いくつぐらいに?」
 「それは、主上様のお決めになること。微妙な匙加減で決まるのよ。やるか?」
 「…ええ」
 「よう言うた。では始めるぞよ。リナ、用意を」
  目前には紅くて大きな蝋燭の炎がゆらめいているが、リナはタンスから全体が白い小さめの蝋燭を出してきて、黒猫の母の前の燭台に挿した。黒猫は二本の蝋燭をはさんで正面の卓上に腰をかけている。
 「要領はカンタン。あなたの側の紅い蝋燭の炎を全力の息で消すのよ。そしたらおかあさまの白いほうに飛び火する。それだけ」
 気がつかなかったが、外界はさぞやまだ台風くずれの嵐が吹きまくっているのだろうが、そよという音さえしない。もう別世界に連れていかれたのだろうか。二本の蝋燭のうちの一本の紅いほうの炎は一層大きくなり、輝きを増したかのように感じられた。
 「今だ! さあ」
 黒猫の眼がかがやいた。

 俺は深い眠りから醒めた。
 アパートの二階の部屋で。まだしょぼつく眼で両腕を見た。短くなっている。両脚も同じでパジャマの四肢の部分がだぶついていた。
 「誰なんだ、オレは」
 いくら考えても答えが出そうにない。
 コンコン
 玄関のほうでノックの音がする。
 「だれー?」
 大声を出したが、変声期前のトーンだった。
 扉が開かれてそこに現れたのは見知らぬ少女、実はもと岡本美恵子だった。
 「いやー、若返ったねー。私と同年齢ぐらいに見えるよ」
 ずけずけとベッド際まで駆け寄ってきた少女が驚きの混じった眼差しで感想を言った。
 新しい人生はこれからだ。

 
 アディクション  大団円
 ここまで根気強く読んでくださった皆さんに 感謝します  ありがとう
 まもなく 「ユカリ、由香里」の新連載がはじまります。  
posted by はむじの書斎 at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
RSS取得
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。