2009年04月30日

アディクション 第4章 生きるがゆえの悩み

  俺の生きるがゆえの悩みは、筆頭がギャンブルであり、二番目は他者とのコミュニケーションといえるのではないか。
  父親との確執もあった。父は、良きにつけ悪しきにつけ一度心に決めたことは絶対に譲らない癖があった。意にそぐわないことが起きると、そっぽを向いてしまうのだ。
  まず、弟がその餌食にされた。高校を卒業してからの進路にかかわる問題で、父は当然のように大学進学を思いえがいていた。だが、弟は就職を選択した。怒りに燃えた父は弟の学生カバンを自宅の庭に投げ入れるなどして、猛然と抗議した。
  その翌日から弟に対する無視がはじまった。それは二年の長きにわたって継続された。
  俺もギャンブルに関して不興を買い、同じ態度をとられた。
  それぞれの期間、母親が調整役になった。愚痴を聞いてもらったり、ちょっとした悩みを打ち明けたり…。
  思えば、父が子に対して望んでいた道というのは、「就職先は大手の安定した企業」だったろう。自分は大手銀行で定年まで勤めあげたものだから、なおさら。
  もし仮に、俺がうまく大企業に就職し、親父を喜ばす道をあゆんでいったとしたらどうだろう。でも、数年で行き詰ったかもしれない。職場の同僚・上司、そして取引先とのコミュニケーションに疲れていったろう。
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2009年04月29日

アディクション 第4章  罪

  死んでしまえば、今生では先月で最後のギャンブルになったろう。
  これまで一度ならず、「死のう」と思ったことがある。最初は学生時代だ。留年が決まった前後だったと思う。
 「バカは死ななきゃ治らない」という格言がある。しかし、俺の考えはちがっていて、「バカは死んでも治らない」だ。過去の罪は、どんなに上手にカバーしたところで消えるはずがない。それのたとえ話がある。
  ある僧侶がいて、彼は犯した罪ごとに柱に杭を打つことにした。他者と揉め事を起こしたなどだ。そして月日は流れ、柱には多くの杭が打たれた。
  その僧侶は回心し、善い行いをしたら、今度は杭を抜き取ることにした。また月日は流れ、ついに全部の杭が抜かれるところまできた。
  しかし、僧侶は愕然としたのである。柱には杭の抜かれた穴がおおいがたく多数残っていた…。
タグ:僧侶
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2009年04月28日

アディクション 第4章  大荒れ1

  10月8日のパチンコ・パチスロ店の営業再開は、テレビの全国版ニュースになった。
  とはいえ、再開したのは全国店舗の四十数%であった。業界最大手の「カクイチ」、第三位の「ジョイフル」が先導したかたちになった。道内最大手のパーラーフェニックスは、再オープンまであと一週間程度かかりそうだった。
  さて、店が開いてみると…ウイークデイにもかかわらず、各店には大勢の客が訪れたが、取らせてくれる“サービス台”が、ごくわずかにとどまった。ラッキーセブンやビッグボーナスがひじょうに出ずらいということは、パチンコ・パチスロ台の前でネバれないということだった。
  再開した店舗の中には、営業してからたった三日でふたたびシャッターを降ろすところも出はじめた。
  10月11日・・・週休二日目・土曜。
  風に混じった雨が外界を濡らしている。
  珍しく朝寝坊をして外を見たら、横殴りの雨だった。机上の置時計の針は10時半をいくぶん回っていて、太陽光がなく、部屋全体は暗かった。
  のろのろとベッドから降り、小さなテーブルにあるタバコの箱を手に取った。あと残り一本…。火をつけて、起きがけの一服。ちょっぴり苦い味がした。
  先月二回スリップしてからは一度たりともスロットをしていない。いや、できなかったといっていい。
  天からの配剤というべきか、物理的に不可能になったという方が適切かもしれない。
  ノドの奥から手が出るような、激しい欲求はなくなった。年齢のせいにするのは簡単だ。あと二年で“不惑”だし、執念深さが減退している気がする。ただし、あのリナからは「次の一回が人生最後のギャンブルになる」と宣告されていたものの、二回になった。金額的には大勝利だったものの、スリップには変わりがない。
タグ:横殴りの雨
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2009年04月27日

アディクション 第4章  混迷

  窓口での申込〜契約までの流れは、1.本人確認書類の提出、申込書の提出 2.質疑応答による聴取と質問 3.借入意思の確認、信用情報機関の照会・登録への同意承諾、本人確認書類の確認、電話による勤務先等への在籍確認 4.自社の与信システムによる審査、信用情報機関の活用、与信責任者が「与信限度額」を最終決定 5.契約書の作成、契約書の内容説明、カード発行 となる。
  自動契約機がダウンしたため、必然的に客は窓口へ流れた。初めのうち契約はうまくいっていたが、そこでもまたトラブルが発生することになる。
 「エル・イー」や「JDB」といった、信用情報機関(全情連)からの情報が錯綜していった。たとえば、他社利用件数ゼロ、金額もゼロの客なのに、利用件数3、貸出残高117万円になっているなどである。ほかの「KSC」 「CIC」 「テラネット」 でも、同様のトラブルが発生した。
  この事態を受け、サラ金上位七社で組織される「消費者金融連合会」では、さっそく調査のメスを入れた。外部からのハッカーなどによるデータベースへの侵入は認められなかった。ただコンピューターが気まぐれに、エラー信号を送ったのではないかと結論づけられた。
  全情連などからの情報が安定して得られないということは、新規顧客に与信できないことにつながった。10月7・8両日で、すべてのサラ金の新規顧客のうち、実に96%が契約できない事態になった。先月のパチンコ・パチスロ店の営業休止の波紋を受けたばかりなのに、今度は信用情報機関からのアクセスが不調に陥るとは。生命線の一部を断たれたと同じだった。
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2009年04月26日

特報!!

  現在、ブログに掲載中の「アディクション」は、連休中に掲載を終えます。
  次作は、「ユカリ、由香里」 2008〜2009バージョンです。未公開の短編です。
  ご訪問お待ちしています。

  東京で草なぎ君がひと肌脱いだ公園を、先月一度横切った、はむじの書斎より
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アディクション 第4章 無人契約機

  10月7日・夜・・・。
  ある消費者金融の無人契約機で。
  樫村綾乃(21)は、先月、結婚式やつきあいでの出費がかさみ、サラ金から借金をしようと、さる無人店舗を訪れた。
  名前も住所も生年月日も月収も入力し、身分証明書代わりの運転免許証も機械に挿入し、「審査」画面になった。待つこと一分余・・・ディスプレイには「ご契約できません」。
 「あれまー、そうなの?」と、すごすごその場を離れることにした。
  知人や職場の同僚らにも目立つのを避けて、わざわざ隣町へ脚を運んでまで契約しようとしたのに、努力が水泡に帰した瞬間だった。
  ところが、全国津々浦々の無人契約機で同様なことがおきていたのを彼女は知らなかった。綾乃にはまだ自動車ローンの返済が残っていたものの、その他のローンは利用額ゼロだった。優良顧客のはずだった。
  サラ金各社で優良顧客の新規契約ができない状態は、翌日になってもおさまらまかった。個々の無人契約機に問題はなかったが、“年収”が700万円以上ないとホストコンピューターがゴーサインを出さなくなっていた。
  だから、契約機でカードが発行された新規客はごく少数にとどまった。各社は合計で千人近くになる新規客を、有人店舗の窓口に案内せねばならなくなった。 
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2009年04月25日

アディクション 第4章 多重債務2

  21世紀になり、個人の自己破産者は急増し、ついに年間20万人を突破した。「払えなくなったら破産して、借金をチャラにすればいいんだ」という安直な風潮が蔓延していないだろうか。
  多重債務に陥った原因として近年の統計によれば、「生活費」が全体の半数近くにのぼっていて首位だが、本当は飲み食いも含めた「遊興費」がトップではないだろうか。
  遊ぶなら自分の収入に見合った節度で、借金をせずにやるといいのに。モラルハザードということばが横行する現代では、遊びも中途半端では抑えきれなくなっているのだろうか。
  オリオン信販では、全契約者の平均月収は300万円台前半である。「ご利用は計画的に」とか「借りすぎに注意しましょう」というテロップがテレビでは流れるが、これらは単に良識をちらつかせた、ごまかしにすぎないと感じる。
  俺の最終的に残っている債務もオリオン〜からのものだが、最初に契約して一年近く返済日を守っていたところ、貸付限度額が50万から100万にステップアップした。ホワイトリストに名前がきざまれたのだ。小さな出版社で、当時の年収が300万円ないのに、このありさまだ。そして、まともに払えなくなってしまった。利息分だけを他社から借りうけて返済を繰り返すという自転車操業。
  また、返済に窮している最中に、名前も聞いたことのないサラ金各社からさまざまなダイレクトメールが届いた。当時は実家で両親と同居していた。母親の進言で、来たハガキなどに自分の宛名に切った白紙をはりつけて、「受け取り拒否」と書いて返送した。
  あれらにはおそらく名簿業者がかかわっていて、俺個人が最終的に自己破産しても利息分だけでも収益をあげようとした意図が見えかくれする。サラ金業者の大半は「たかり」をして利益を得ようとしているのだと思った。
  幸いなことにヤミ金からは一銭も借りずにすんだ。ヘタをすれば年利数千〜数万%という夜叉同然の暴利をむさぼる悪徳業者からは。
  この業界には「押し貸し」というのがあるらしい。1万2万を無理やり銀行口座に入金して、バカ高い金利をむしり取る手法である。中には「1万貸して300万取った」業者もいるというから呆れる。支払が滞った場合は親類縁者はもとより、勤務先や近所にもしつこく電話連絡をし、「払わなければ目玉を売れ」とおどしつけたり、中身がカネ払えというお悔やみ電報を送りつけることがあるという。
  結局、収入枠で生活できなかったり、失業・倒産の憂き目にあったりした場合に、アングラ金融の門をたたくのが間違っているのではないか。「借りたモノは返す」という鉄則は、時に債務者をがんじがらめにする。低所得なら低所得なりに工夫して出費を最小限度に抑えるとか、やりかたはいろいろあるのではないだろうか。
タグ:自己破産
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2009年04月24日

アディクション 第4章 多重債務1 

  ローン・シャーク、つまりサラ金大手は1960年代からの開業が目立っている。高度経済成長に歩調を合わすように発展してきたわけだが、転機となったのは90年代の自動契約機の登場だろう。無担保・保証人ナシで個人に50〜100万円を貸し付ける。もっとも、与信条件をクリアすれば、の話だ。
  オリオン信販の場合、貸付残高は数年前に一兆五千億円を突破した。日本全国の国民ひとりあたりにそれぞれ、一万円ずつ以上貸している計算がなりたつ。
  大手はカード発行し、貸付限度以内であれば、何度でも、好きな時にお金を引き出せる。近年では、一度契約を済ませればコンビニエンスストアなどでお金を出し入れできるようになった。
 「借りたものは返す」のは絶対条件だが、「返せなく」なったらどうするのか。
  俺は任意整理をしたが、そのほかには特定調停、個人債務者再生手続き、自己破産がある。いずれも弁護士先生に間に入ってもらって進めるのだ。
  任意整理では、弁護士事務所に10万円を支払い、二件で130万円近くあった借金が90万円ぐらいになり、そのうち一件は二年前に完済した。「利息制限法」と「出資法」のあいだにある“グレーゾーン”の分が過払いと見なされ、減額されたのだ。
  自己破産の場合はどうか。俺の聞いた説明では50万円を弁護士事務所に払い、「免責」になるのだという。
  しかし、どちらにせよ新たなローンは組めなくなる。クルマもマイホームも即金以外は遠い夢だ。自己破産の場合は身辺の財産を処分してから免責になり、氏名が官報に掲載され、旅行も届け出制になるのだという。免責から7年間は借金はできなくなり、クレジットカードも使えない。 







タグ:サラ金
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2009年04月23日

アディクション 第4章 営業再開

  十月六日、夕刻。
  俺は晩御飯の支度にとりかかっていた。今日は社販でアップルパイを買い、デザートにするつもりだ。メインメニューは秋刀魚の塩焼きだ。何せ安アパートなので換気扇というものがなく、キッチンの窓は開けたが、煙がもうもうとたちこめた。
  ひとりだけの食事・・・もう慣れたが、一抹の寂しさもある。炊いたご飯を長ネギと豆腐の味噌汁で流し込み、箸で秋刀魚の胴体部分の中央を割った。テレビをつけた。
 「お待たせをしました!」
  さるパチンコの大手チェーンの宣伝だった。カクイチだ。
 「十月八日、全国再オープン! カクイチ、出ます出します取らせます」
  大きな社名のロゴ・マークが画面を占拠し、まるで大事件のように、ヒステリィックに古風なメッセージが耳にとどいた。
 「ふん、その手に乗るかってんだ。こっちは病的ギャンブラーなんだぞ。スリップは自分に負けることだ」
  俺は半分自分に向けて宣言した。箸の先を画面の方向に固定して。
  いよいよ営業再開なのか・・・とも思った。店側からすると長い中断だったろう。 そして、地方版ニュースへ。
  この一カ月近く、店側はどのように苦心惨憺してきたのだろうか。もしかしたら一兆円もカネが動かなくなったのでは? 秋刀魚をつつきながら思案をめぐらした。
  全国のパチンコ・パチスロ店の営業休止の影響はサラ金業界にも波及していた。業界第一位の“オリオン信販”では、先月だけで貸付残高が前月対比で6%も減少した。とくにパチンコ・パチスロ店に隣接するCD機からの利用額が落ち込んでいた。サラ金業界もきっとパチンコ業界にエールを送っていたにちがいない。
タグ:テレビ情報
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2009年04月21日

アディクション 第4章 的場幸徳の場合2

  経営上の師匠ともあおぐ星見先生は現在、「誰ともお会いにならない」そうである。それをたった今、秘書である先方の若い女性から告げられた。さらに追い打ちをかけるように、新たな相談を受ける場合は「一億円キャッシュで用意してくれ」と来たものだ。指南料、成功報酬はたっぷり今までにもはずんできたのではなかったか。
  これまでにはかなり蓄財してきた。その中にどれだけサラ金などからのルートのものが含まれていようとも、だ。しかし、ずいぶんとふっかけられたものだ。一億…。絶縁とも同義な要求と心労とで幸徳は気が遠くなりそうだった。
  一昨日は「遊技場協同組合」の臨時総会に出席した。
  議題は『システムダウンによる臨時休業対策』である。
  多数の現状報告と対応策がホテルの広間で渦巻いた。 「ウチはすでに従業員の七割が辞めた」 「13日には両替機、玉貸し機、メダル貸し機の中にあった紙幣がすべてただの紙切れや枯れ葉にすり替えられていた」 「そうだ…ウチもだ。ゴト師がそこまでするとは…」などなど、意見が百出した。
  隣はアオイグループの社長・佐久間彰が腰かけていた。四十を過ぎたばかりで歳が近く、普段から懇意にしている。
 「われわれは儲けすぎたのだろうか・・・」
  ぼそりと感想を漏らした佐久間に対して幸徳は、「これはパチンコ業界を狙ったテロじゃないか。銀行のオンラインも、信号とか交通システムも正常なのに、店のコンピューターだけが動かぬとは合点がいかない。呪われているとでもいうのか?」
  佐久間の答えは沈黙だけだった。 
タグ:臨時総会
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2009年04月19日

アディクション 第4章 的場幸徳の場合1

  カレンダーが10月になっても、全国のパチンコ・パチスロ店のシャッターが開くことはなかった。ホストコンピューターの電源を入れようとすると、システムがダウンする事態は全店に共通していた。これで、全国で8000億円以上の売り上げ見込が消えたことになる。
  全道に27店舗を展開する、パーラー・フェニックスグループの総帥、40代前半の的場幸徳は、頭をかかえていた。
  全店舗で延べ18億円以上の売上げ見込みが消え、しかも身内に不幸が続出した。前社長である実の父の急死、妻の子宮癌の発見〜手術、愛娘の交通事故…。加えて、すでに全従業員の半数は退職願いを提出しており、各店の店長、フロア主任も計十数人が辞意を表明していた。ある意味、売上げ見込みの消失より、これら人材の喪失のほうが痛手だった。 幸徳は主任クラス以上の辞意撤回に心血をそそぎ、身内の不幸にも対処しなければならなかったので疲弊しきっていた。
  幸徳は、これまでの出店、事業展開、宣伝方法などの多くを、実は占い師である「星見キャサリン」に相談しており、事業拡大に成功していた。開店日、遊技台の種類・台数、店舗設計にいたるまで事細かく指示を受けて、順風のうちにここ十数年は経過していた。しかし、9・14以降は営業休止から始まる不幸続きである。
 「何だって?!」
  大きなマホガニー製の社長卓前で、受話器を持ったまま椅子からたちあがった幸徳は絶句した。
タグ:不幸続き
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2009年04月18日

アディクション 第4章  迷走

 非経済的生活 

  俺は本当に精神を病んでいるのだろうか。
  パチンコ、アレンジボール、パチスロ・・・集金マシンの前でひとり熱くなり、たまに勝っては喜び、「俺は特別だ」などと思い違いをしてきた。気がついたら財布の中身が空っぽになっていて、生活費にも事欠くありさまだった。
  学生時代はまず「学生ローン」から手を出した。初めのうちは1万、2万の少額を借りては返していたが、そこからの金額はやがて10万、20万にふくれあがっていった。そこの利息は1カ月につき、700円だったのを憶えている。計算すると実に年利84%だ。
  始まりは利息など眼中になかった。ただ、ギャンブルの軍資金と生活費が欲しくて、貸してもらえると相手が福の神に見えた。学生時代の後半は、ギャンブルとそれに伴う借金まみれの生活だったと思い起こされる。
  卒業間際では両親の支援もあって、借金もチャラになった。中小の食品メーカーに就職してすぐに辞め、出版社へ。地元、親許からの出勤だった。臨時職員だったので薄給だった。そこでもまたギャンブルの虫が疼き出してしまい、クレジットカードのキャッシング枠も費い切り、サラ金にも通いはじめる。
  生活はギャンブルを中心に回転していて、アリ地獄にも似た毎日だった。そこを辞め、書籍・文房具とレンタルビデオ店が合体したような店で短期バイトをしたものの、その期間中に行方不明になって放浪してスリップし、結局、岩手と山形まで落ちのびた。
  ギャンブルを継続していくと、金額的に時折勝つことはあっても、「自分に対する負け」が蓄積していく。長い目で見ると、経済的に「負け」ることはおろか、時間も労力もそれに吸い取られてしまい、心に悪魔を飼ってしまうことになる。嘘をつくなどして時間を取り、生活に必要な金額もけずって遊戯してしまう。最大の弊害は、生活感覚の亡失といえるだろうか。
  ギャンブルはしなくたって生きていける。仕事でひと汗流したあとのビールはよしとしても、パチンコ・パチスロ、競馬、競輪、競艇などは、気分転換で済ませているうちはいい。のめり込むのは危険だ。
 「勝ち」の快感が強く、数度にわたって心を震わすと、それらを忘れることができなくなり、リピーターになってしまうことから悲劇は起こる。依存だ。 
タグ:病的依存
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2009年04月16日

アディクション 第3章 章のおわりに

  回り道はこんなところだ。なお、この章の最後である『気に喰わないヤツ』の相方は女性であり(仮にS先生としておこう)、今回はダイジェスト・バージョンだが、長めのオリジナル・バージョンを読んでもらったところ、激怒された。「今まで、こんなに侮辱されたことはない」とも。ならば、S先生はよっぽど周囲から厚遇されていたか、親が甘やかしてきたか、だ。宗派はちがうものの、同じクリスチャンでもある。そしてオリジナルを教会の牧師に見せたという。「哲学的だかどうか知らないけれど…」という感想もついた。
  自分では描写をハッキリしすぎたか、そもそも書いたものを読んでもらうにも、ためらいがあった。S先生は自分のいた塾でまだ教鞭を取っているのだろうか。どうでもいいことだが、“世の中をつまらなくする”ならまだしも、“世の中をダメに”しないでほしいものだ。
  蛇足ながら、私は大学で教職課程を取っていた。教師になる希望も持っていたが、未履修科目があったため、教育実習はすませたものの、教員免状はもらえなかった。地元の教員採用試験にも落ちた。
  もしもギャンブル癖がなかったら、と悔やまれる。ギャンブルに費やした時間とカネをずっと建設的な方向にシフトできていたなら、充実感のある半生だったと思う。大学はギャンブルのために一年留年した。取得単位は規定ギリギリだった。
  大学生活をやり直せるんだったら、農学ではなく、文学を専攻したい。セラピストにも関心がある。
  小説を数編書いてはきた。だが、今までコンテストに受かった作品はひとつもない。浮きあがったコトバに千言万語を費やしてきたからだろうか。とにかく、審査員の諸兄のこころを打つ作品ではなかったのだろう。
  ・・・さて、物語にもどるとしよう。

  第3章  終了です。 主人公の矢富健一はいったいどうなるでしょう。原作に少々手を加えてお届けします。
タグ:ダメ教師
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2009年04月15日

アディクション 第3章 気に喰わないヤツ2

  人は人間社会で生きていく以上、コミュニケーションはもっとも重要だ。それは人生そのものをも変えうる。
  最近、児童虐待とか育児放棄が社会問題化しているが、これらには周囲との人間関係のぎくしゃくや希薄さが関わっていないだろうか。
  インターネットでのコミュニケーションが活発な昨今ではある。しかしこれは、こころの機微とかちょっとしたニュアンスまでは伝わらない。視覚中心だからである。育児雑誌だって、ページをめくればすべてがわかるまではいかない。
  ところで、私も偉そうに言えた柄じゃないが、「何を目標に生きたらいいかわからない」とか「何をやっても満足できない」という人は、たぶん自分の限界を知らないから。生きる喜びを知らないから。
  それらへの対処法は、スポーツでも仕事でも勉強でも趣味でも何でもいい、とことんやってみることをお勧めする。
  生き物には厳しい環境が不可欠である。
  私も山に分け入って一度経験がある。日頃のトレーニング不足がたたり、目的地のはるか手前で“ビバーク”を余儀なくされたことが。何せ歩けないのだからしかたがない。昼前だというのにテントを張り、夜がくるまで持参した文庫本を大岩の上で読むなどしてうだうだすごした。
 「明日は大丈夫だろうか?」うつろに寝袋の中で思っていたところ、灯がともった。現実の灯ではなく、こころの中に。本当に仄かに、しかししっかりと。
  翌朝、天気は悪かった。が、脚力は戻っていた。そして目的地は当初から変わったものの、アップダウンが激しく、長いコースを無事に下山することができたのである。
  あれはきっと『希望の灯』・・・ふだんは決して表に出ない、自己保存本能の灯だったのだろう。
  だから、「どう生きたらいいかわからない」 「生きるのはつらい」または 「自殺したい」とかほざいている諸君よ、一度極限状況を味わってみよ。どんな形かわからないが、たぶんほとんど生きるのに必死になるはずだって
  パソコンの画面相手に、ネット君やマウスちゃんになってるあなた、自分の可能性を伸ばしていますか。たまにパソコンセットに背を向けて、本当の「厳しさ」を味わってくれ。それの意味を知ったら、たぶん自分にも、周囲の人にも、もっとやさしくなれるだろうから。
タグ:メッセージ
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2009年04月14日

アディクション 第3章 気に喰わないヤツ1

  周囲がにわかに騒々しくなってきた。公私両面で。
  私は数学、相方は英語担当だ。アンバランスなのだ。
  当塾の生徒たちには個性の強いのが多いのは事実である。ああだこうだと注文もつけられる。しかし、もう限界だ。
  教室管理に多くの手落ちがあったのは認めるし、謝りましょう。ところがそのような私の落ち度を生徒の前で披露して欲しくなかった。どんな形でしたかはこの際問題ではないが、潔癖なあの先生だから、かのキャシー・ベイツ主演の映画「ミザリー」の主人公よろしく、ペンギンのフィギュアがいつもと同じ方向を向いていなかっただけで、ヒステリーを起こし、当たり散らす・・・ようだったことは想像がつく。
  教育って何だろう。古今東西の学者・研究者・識者そして教師たちがアタマを悩ましてきた大問題。
  この社会で何とか通用する知識・教養を身につかせるためだけだったら、学校はいらない。
  学校とは、集団で社会に適応させ、そこでやっていく訓練をする場なのだ。机上の勉強には、はっきり言って教師や講師はかならずしも必要ではない。教科書・参考書・問題集・ノートがあれば事足りる。
  しかし、どの分野にもドロップ・アウトする者はいる。
  反抗・不登校・退学・・・さまざまなかたちになってそれは現れる。また、高卒で社会人になったとしても、何と7割以上が3年以内に職場を去っていくという。そのような「移り気」を果たして教育は食い止めることができるだろうか。
タグ:教育問題
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2009年04月13日

アディクション 第3章  光と影3

  自分自身、親(家庭環境)、社会(ストレス等)が複雑にからみあってできたのは、私の場合、ギャンブルに依存するという病気でした。
  ここまで読んでくださったA・Aのメンバーの皆さんは、アルコールという仇敵と戦っている方がほとんどでしょう。私もパチンコ屋、パチスロ屋の、あのキラキラとしたイルミネーションと戦っています。
 「やりたい」という気持ち、そのぐらつきが噴火になってしまうのがスリップだと思います。
  ですが、私は、私同様、嗜癖と対している仲間に、「ああせい、こうせい」だなんて、とても言えません。逆に仲間の話により多く耳をかたむけたいと思っています。
  人は人として生まれた以上、光の部分、逆の影の部分をだれもが持っています。根っからの善人も、根っからの悪人もいない。ただ、「光と影、どちらをより強く出すか」で決まってくるのではないでしょうか。
  ギャンブル依存という病に抱かれたのは災いなのか、不幸なのか、それとも偶然だったのか・・・わかりません。ただ言えるのは、「普通の人間がめったにしないことをやった」
  同時に、
 「悪いことがありすぎたんだから、これからはきっといいことがある」
  今はそう思うようにしているんです。
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2009年04月12日

アディクション 第3章  光と影2

  ギャンブル中毒もアルコール中毒も根は同じ・・・・、嗜癖という媚薬にくらくらし、おぼれてしまうのは私たちA・Aにつながった仲間…。そんなコトを耳にした。
  人間の心、その奥底には何が横たわっているのでしょう。私は自分が怖くてなりません。社会的なストレスとか、欲求不満とか、空想癖とか、孤独癖とか、中毒者になった原因はいろいろとあるでしょう。
  わけのわからぬうち、不安定になってスリップ、・・・そしてまたスリップ…。
  その揺れが最高潮に達したとき、私はすべてをかなぐり捨てたくなりました。忘れもしない、30代初頭の夏に。
  サラ金から軍資金を得て、スロットのボタンを押しに行く。勝とうが負けようがお構いなし・・・お札はコンピューターじかけの機械にのみこまれていく。家族の待つウチには戻らない。そのころやっていたアルバイトの仕事さえ忘却の彼方で、私は札幌市内のカプセルホテル、ビジネスホテルを渡りあるき、小樽に行った。
 「ここなら知っている人間に出会わぬだろうし、心おきなくギャンブルができるだろう」というわけです。
  私はその後、フェリーで海を渡り、青森県八戸に上陸しました。
  あてどない旅・・・・。盛岡には大学時代の友人がおり、彼はお中元シーズンの繁忙期のなかにいました。そのうえ、職場の同僚の肉親が亡くなったとかで、てんやわんやの状態でした。そんなところに、それ以上てんやわんやの私が突然、転がり込んだのです。
  私ははじめのうち何食わぬ顔をして彼と対していましたが、二日目、所持金が底を尽きかけていることを言い、また、「自分はギャンブル中毒だ」、と告白しました。
  彼・K君は怖そうな表情で、私の“病気”に耳をかたむけました。
  K君はまっとうな、そして翌年、アメリカ本土に派遣されるほどの優秀な会社員でした。K君のもとに、わらにもすがる気持ちで行った私も私ですが、ネコの手も借りたいほどの最中にもかかわらず、旧友の面倒を見てくれたK君もたいしたヤツだった・・・と、今思えます。ありがとう。
  私はその後、彼から一万円を借り、山形県にある、母方の祖母の実家に行きました。
  以上が、これまでで最大のスリップ・トリップのなりゆきです。
  しかし当然のごとく、その後がいけません。当時していたアルバイトは時給制だったので、働かねばお金は得られません。借金をいちど親父に清算してしてもらったのに、私は懲りずにまた禁断の貸金屋から遊興費を得てしまったのです。バカげた行動の代償は重いツケとなって、そのまま跳ねかえってきました。「金払え」という。
  以降、数度のスリップは無断外泊をともなう、疲れ、うなだれてウチに戻るというものが多かったです。

  
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2009年04月10日

アディクション 第3章  光と影1

  A・Aのみなさん、こんにちは。
  私はアルコール依存ではなく、ギャンブル依存のK・Yです。
  パチンコ・パチスロをやりすぎて肝臓をおかしくした人間は、そういないと思いますが、私はそうでした。
  一番ひどかったのは四、五年前で、明けても暮れても寝ても醒めても、パチンコ・パチスロという機械相手に奮戦することばかり考えていました。
  結果、勤めていた会社を辞めざるを得なくなり、また、結婚もフイになりました。

  どうしてそうなってしまったのだろう・・・? 考えれば考えるほど、自分がわからなくなります。
 「オレは欠陥人間では…」、とさえ思いました。
  私は道立精神保健センターに行き、まず、A・Aにつながりました。
  はじめのうちは、一種異様な雰囲気に気押され、たちこめるタバコの煙に目がくらみ…しかし、なるべく休まずに通いました。
  ミーティングに出ているうち、さまざまな悩みをかかえる仲間がいることがわかりました。何人かと親しく口をきくようにもなりました。
  半年も経過したころ、私は仲間のひとりから二万円を借りました。旅行費用の名目か何かでした。しかしそれは、ミーティングの帰り道、パチスロの軍資金に化けました。すってんてんになってしまったと記憶しています。
タグ:欠陥人間
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2009年04月09日

アデクション 第3章 フラッシュバック3

  この世は疲れる。
  何をするにもカネがいる。情報たくわえすぎてもアタマ痛くなるだけ。
  きのう、精神保健センターのT先生に会う機会を得た。
  自己啓発セミナー・・・・鼻先で先生は嗤(わら)っていた。
 「カネ儲けだよ」。
  さらに話をすすめていくと、「セラピストの経験も資格もない者が、それをするのはおかしい」と。また、選択ゲーム…“抱擁の実習”などには、「集団ヒステリーを利用した、短期的効果をねらったもの」という評価。
  事実、受講直後にはとても元気になり、口のスベリもよくなって周囲から「あいつは変わった。どうかしたんじゃない?」で、結局元通り、どころか、前より状態が悪くなってしまった“卒業生”がいるという。
  セミナーのベーシックコースでは10万円近くがかかった。弟のひじょうに強い勧めで受けた。
  細かい部分は割愛させていただくが、要するにゲームをしながら「心の高揚感を味わいましょう」というものだ。上のコースをさらに受ける場合は5,60万円を上乗せする必要がある。
  だが、一方では“気づき”もあった。自分のつくりあげた観念が他人の評価をして、感情を生む。また、過去の選択が現在の感情を形成している…などなど。
  自己啓発セミナーはどうか知らないが、奥の奥で文鮮明などとつながっているものがあると聞いた。人間心理の操作は、カルト教団の得意とする分野だ。
  幸福になりたいがためにカネを出すんだったら、カネを得て幸福になるほうがはるかにましだ。
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2009年04月05日

アディクション 第3章 フラッシュバック2

  あの時点でははっきりしなかったが、彼(U先生)は要するに私に「ストレスをためよ」と、提言しているのだった。
  以前にも伏線はあった。「殴り倒す」から遡ること9か月ほど前だ。彼に教室から家へ送ってもらう車中、私はほとんど無意識に、
 「B舎のやり方ではイジメがふえる」
  と言ったのだった。彼の返球は「学校教育は抑圧なんだ。だから私塾の方が…」
  そのとき、私は自分の発言が失言だとは思わなかった。しかし、その後の冬期講習会の講師研修の現場でピーチクパーチクつっこまれたのは、あの車内での発言が元だったと、どうしても思えてならない。
  思いのままを言ってしまった私にも非があったかもしれない。それが彼を抑圧し、思いもよらぬ返礼が来た、とも思える。
  では、いついかなる場合でも思いのままを発言してはいけないのだろうか。
 「火事だ!」 「どろぼー!」
  非常事態の際には、このような叫びが必要だ。目の前の緊急事態には人の援けがいる場合がある。
「そういうな」という方が無理だ。しかしどうだろう、企業など組織の日常で、「叫び」は個人の内部で圧殺されたり、ごまかされていないだろうか。
  それらはストレスとなり、溜まり、円形脱毛症・胃潰瘍・精神疾患へと発展していく。ヘタすりゃ死だ。言いたいことも言えず、忍耐に忍耐をかさねて階段をのぼっていったとしても何が残るのだろう。
  本当に必要なものは手に入るのか?
  日々の糧の保証はあるかもわからない。有名企業の幹部にでもなれば、第三者から一目置かれる?
  それとも、プライドが満たされる?

  これまで、受けたり就職した企業のうち、すくなくとも3社はもうこの世に存在していません。
  各企業の幹部が舵取りを誤ったから? 私の判断はちがいます。
  それら企業は、もともと間違った経営をしていたからです。
  つけくわえるなら、間違った世の中に認められるということは、大半が間違っているんです。 
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